日は沈んでも朝日の昇るときはくる 3


  ㉗ 鳥海の思い出

みちのくの楽園という美しい村に
思いを寄する

由利鳥海百宅(ももやけ)と言う田舎の楽園
そこは名も無い山林の集落 桃源郷
架空と天然の風物詩が訪問者を歓迎する

春の4月頃でも
雪が所々残っているみちのく

雪解けの土の匂いが心を驚かす
芽吹く山菜と草の匂いに満ちている
山村だが永遠の都に思われる

家々の背後にすぐ小さな山並みが迫る 
わずかに残された大地の空間

其処に木立を縫うように
薄い金色の夕日は
ふんわりと溢れ 
光の訪れがあり
茅葺き屋根に落ちる

人一人として住んでいないような
静寂な村に 
一軒のある薄暗い小屋の中

顔を雪日焼け防止に黒い布で
巻いている若い農家のお嫁さんが
藁を編んでいる

「私は共産主義者ではありません
皆様の暮らしを守りたいのです」

そう言って 
パンフレットを渡す

「前世でたしかお会いしましたネ」
と言いって 
ニコニコと笑う

暗くて寒さが伝わってくるも
藁を打つ響きは 
静寂の音楽

夢幻の果てのような
疎らな家々は豪華ではないが
童話にも似ている
現実とは思えない世界

とても恋しくまた哀愁を誘う
忘れていた大事な記憶を
一枚一枚ページを
静かにめくるように
思い出させる
桃源郷の世界よ


日本海側の海岸は
仁賀保(にかほ)に行く田園の中

バイクに乗っている時
風もない所に
霧が今生まれ出て来た

帯を巻いて平野に立ちこめている
鳥海山は雄渾にそびえ立つも
田園の優しい緑色の大海

立ちこめる白い霧の大群は
音のない交響曲のハーモニー
日本海に降りて行くように
向かいながらゆっくりと進む

みちのくの人々の大らかさと
暮らしの幸いを包む 

若い稲の緑が
霧の中から
扇ぐように立ち上る田園は
幻想の世界よ


この眩しい冬の雪は笹子と呼ばれる地に

鳥海の粉雪となって
片栗粉のように

サラサラ キラキラして
垂直に降っていた

透明の糸を降ろすかのように
長い糸が天上にあった

冬の景色も見えないくらい
隙間なく降ってきて
天空に舞う花びらは
不思議な時空の世界に
吸い込まれてゆく

昔 冬休み学習帳に載っていた
藁で編んだ帽子
長靴を身につけた
子供二人が
遠く山の銀世界を見上げる

このイラストは 
永遠の記憶となっている
もしかしたらあれは
曾ての自分の投影された姿
そのものだったのでは と

いま半世紀を経て 
自分がその中にいる
なつかしい悠久の時間に入っている
  
永遠に続く輪廻の世界には 
亡くなった父母 
母の母 ぶな淵の祖母

父の妹川原町の叔母と
その母より先に逝った
長男和衛さん
次男の哲朗さの悲劇 
愛犬のタロスケを祈念する

親戚の夭折したいとこの精さん
親戚の高校の同級生が
アスベスト死)とは

我が家の恩人 
中台 畑平のお父さん方
幼い頃お世話になった
近所のお母さん方

これらの忘れることの出来ぬ
全ての人々が住まう天上にいて

みんな声を揃えて手を振っている
憂愁の涙を拭いつつ話す

寒くはないよ 
暖かな この地は
夢の世界よ 

  後日半世紀を経て、こう笹冬は詩を作り思い出を語る。

 今まで眠りについていたアルバムは生返ったように笹冬に語りかけた。もうすでに五十年もの歳月が流れていた。

 

 よく見る夢は

よく見る夢は学校の
同窓会や卒業式だろうか
会合の予定が常に定められていて
宿命のようにその場へ
いくことが定められていた

よく見る夢は
働くために
会社の面接も終わって
学校へ再び戻らなければならない
戻ることは運命のように命令されていた

よく見る夢は
なすべき予定はあるが
なぜかすでに途方ともない時間が
夜の闇の大河の流れのように
過ぎ去っていたのだった
気の遠くなるような時間は
たったの1 週間か
1 ヶ月前かもしかしたら一〇〇年か
数億年なのか
よくわからなかったが
みんなとは久しく会っていない
名前も忘れて
学校の靴箱には新入生らしい
名前が書いてある
時々みたことのない人に会ってしまう

友人の名も
同級生の名も思い出せない
なぜか近くて遠い存在だ
会う日は明日に迫っている
きょうはその前日の夜だ
それなのに着ていく服も
未来に行くのに電車もない靴もない
どうすれば良いのか気持ちが焦る


明日は一体みんな
どんな顔をしてあうのか
あまりにも長い時間が経過して
再会するのが実に不思議な
出来事のように思われる

会うのは楽しい
そんなことは少しもない
底知れぬ不安が付きまとう
気に絡まる蔦のように
自分が巻いているのか
まかれているのか解らない

よく見る夢は
かつて経験したことのない
心情となって自分を責める
知らぬ間に
季節が過ぎ去ったのか
思いもよらない不幸が
身に降りかかっているのに
自分だけが知らない人形か

よく見る夢は
不慮の事故で
最後の息を引き取るとき
何も残せなかったものに似ている
遺言は皆等しく残せるものではないが

よく見る夢は
振り返れば私の同級生父母は
定年還暦を迎えようとしている
あの小学生が60歳になる
世の中の不思議を集めても
このような奇妙はない

私たちに花の咲く時期は過ぎた
今は昔の面影と香りが残り
誰一人としてこの心情を理解することも
思い出してくれる者もいない

よく見る夢は
これらを回顧し懐かしみ故郷を思い
私達は行ったことのない世界へ
旅だってしまうのだ

万感の思いは募るが
この希望の灯火は
霧のように消えていく
一〇〇年生きたら 一〇〇年分を
何か残せるだろうか
わからない それは蛍の光

よく見る夢は
私等は有から無へ回帰していく
さようならというにはまだ早いが
人類はどこから来て
祖先の顔も知らないが

どんな人だったのか
一〇〇分の1ぐらいか
そのD N A を背負っているのか

刻々と迫り来る
この不安のような物は何か
己の子孫に最後を
託す物は何もないが
この詩の末尾に
あの歌の1節に加えよう
「再び幸せが戻ってくるよ
悲しい思い出に別れを告げて」
「ものみなほろびゆく ときをおしみ
しあわせなうたを わたしにきかせてよ」
私はなぜここにいるんだと
そんなに悲しそうな顔をしないで
与えられた運命を受け入れ
自分の生涯を全うする
天と地のこの祈りが
届きますように

思い出してごらん
昨日も一昨日も
とても楽しかったではないか
この楽しいことは
今日も明日も約束されている
今日が、今が辛いと言うことはない
何か悩みがあったのか
苦しみがあったというのか
よく考えてみればあったのか
なかったのかわからない
自分に与えられた道を歩め
生きている物がその歩みを
止めるわけにはいかない
寝ていても呼吸はしている
美しい風景も見た    
心地よい音楽も聴いた
半世紀を耐え抜いた身体よ
手も足も独立した心を持って
言い出す
髪の毛一本まで
ああ好かったと言っている
身体に良いことをすれば
限りなく好いことが
還ってくる 
そのことは無償の愛のようだ
だからあれがなかったとか
不足していたとか思うな
両手に余る咲き誇る花を見たか
鳥のように空の彼方へは
飛んでいけなかったが
この僕等の大地は限りなく
肥沃で食べ物に満ちていた
深海魚のように  
深海を知り尽くしたことはないが
この地上も神秘に満ちていた
この地に不満はない
ある書にこういう
山よ動け
念ずればかくも動く
我々の思いは軽い
今はそれも好とし責めぬ
ただ特筆すべきは
今日はみそうの大震災、
大震災から
何周年だろうか
一万九千人の死があった
一千年に一度とも言うが
生き物の生死は
福島の悲劇か
福島は
山岳地帯に山の恵みに
山菜があふれるように育ち
人の訪問を待っている
それなのに今日の天気はどうだ
震災などなかったように
天気は寒いが日差しは強い
あの出来事は忘れられないが
まるで嘘のようだ
11日が凶ではない
一瞬の出来事なのか 
単なる時間の経過なのか
そのことはもう忘れていいよ
とも言っているかのようだ 
悲しみは永遠に
消えることはないが
どうやって癒やせるのか
答えは解らない
辛い出来事と  
荒れ果てた津波
残骸が残った
 
ついに最後の時はみんなに
さようならさようならと
息絶えるまで
百回二百回と言い続けたい
感謝と祈りと思い出が
天に舞い上がり
桜の花のように
この愛すべき地に
舞い降りて来い

宮沢賢治は  
空気と霞を食べて生きると言った
アリババと四十人の盗賊
開けごまと言うと
石の扉が開いた
僕等の信念に較べ言葉の
力は何と強いことか
   
思い出すのは
静まりかえった「ヤシマ」というyb
駅のプラットホームや待合室
屋根の板もイスも壁も古びて朽ちている        
人一人居ない
虫の音もない
風のざわめきもない
昼間は叫び続けていた石が
いまはどうだ
線路に敷き詰められてた
無数の墓石のようだ
この駅はかつての山の形
木々の生い茂る山並みを
川のきれいな水音を知っている
かつて父母もこの駅を降りた
父母に代わって感謝する
父母には平安があれ

この未来の終電車には
乗る人も見送る人も居ない
古びた枕木
枯れた草木
古い家の屋根
皆古びた色に溶け合っているが
 「 八島」 と言う名前は
幼い頃は都会で
あこがれの地だった
今は電車も廃止されて久しいが
この記憶は懐かしい未来で走れ
隣町だが「ヤシマ」とはなんと
優しい響きであることか
郷愁の地
  「八島、川内、笹子 百宅」は
この地区の人々の思いが
沢山詰まっていいる
海鳥が渡ってくる安住の地
鳥海の地は忘れがたい
たとえようもない幸福の色、
音と光、山の形、自然があった

振り返れば茨の道だった
生き物に楽な道が
用意されているわけがない
とはいえ、よくよく振り返れば
それも柔らかな芝生に
いつに間にか変わっている

未来に汽車は出ていく
今は夜だ
二度と還ってくることも
戻ってくることもない
夜汽車は旅だった
   
これが見納めの
郷愁の地
日本橋虎ノ門の大都会
これが聞き納めの
花は遅かったの歌

よく見る夢は
万感の思いは募るが
筆舌に尽くしがたい
永久凍土からしみ出る水よ
太古の昔の種子よ
化石から奇跡の花を咲かせよ

今は 最終を告げる
さよならの
鐘は鳴り続けている
最終の詩句は迫っている

タロ、これが好の
見納めの風景だ
ちぎれた風船のように
過去の顔と他人の顔が
自分の歩んだ歴史が 
未来でもない過去でもない
不可思議な地へ飛んでいく 
何百幾千の風景となって飛ぶ
タロ、これが私ヨシの聞き納めの歌だ
45年の眠りから醒めた
懐かしいメロディーは
銀河の隅々まで届け


時間よ止まれ
空間よ 名画に張り付け
経験したことは
すべて映画のフィルムに納まれ
逸楽と真摯な音楽よ闇夜に響き渡れ

人は太陽と月を背負って
生まれて来た
生死あるもののために
言葉は永遠に残れ
語り継ぐ言葉は
光の中の光、神の中の神
光と神は永遠であれ
そして今このときは
最後の言葉だ
聞き納めの歌はエジプトの日本の地に
 
「タロの歌・タロの四十九日」 は
常にタロとヨシと共にあれ
 「遅くなってゴメンネ、タロちゃん」


  ㉘ 出稼ぎ

  笹冬の幼少期、大人の口から出稼ぎ、出稼ぎと一番多く聞かされている。村会議員の広報やハガキには白々しく出稼ぎを無くします、こんな文言を並べて、できそうもないのに恥と思わない。それもいつもこの調子。心豊かな田園地帯とはいいがたい。
                、
 大まかな地理は丁川・笹子川を挟み山の下に平地がありそこそこの田んぼを作っていた。

 地形は川の上流だが、山間部から降りてきた平地が川を挟む不規則なやや扇状地形と部分的には呼べるだろうか。

 幼少のころは段々畑そのもので三角変形の四角と小さく切り刻んだような田が目立っていた。

 その頃は温暖化という言葉はなく、激しく積雪が山といわず野も畑も家々をも雪が飲み込んだ。また公共工事の道路橋づくり補修工事も少なく土方をできる人は少なかった。

 大人は稲の刈り入れが終わる十月末には出稼ぎに、東京 神奈川 静岡 浜松 新潟 蒲原と全国の大都市へ行っていた。         
  ある二月の大雪の深夜ドンドンと玄関戸を激しく叩く音がした。この異様な響きに尋常でないことが起きたのだと思い不安が募った。
 
  「とが、おとが死んでしまったど」
 
  こう言って吹雪が舞ってくる土間に崩れながら泣いてしまった。やっとの思いで言葉が出てきた。この人は笹冬の母の肉親で野宅という奥地に住む弟の奥さんだった。

 笹冬の母は本当か本当か、何かの間違いでないのか、こう聞きながらも涙が落ちて来て止まらなかった。すぐにただ事ならぬ事態が起きたと分かったから。
 
  防寒着には雪が積もり裏はコチンコチン凍っていた。

 背中の汗、冷たく悴んだ指、涙とそしてこみ上げる悲しみ、町と村に郵便局の一しかない電話で連絡を受け、主人の不幸を聞いて来た帰り道だった。
 
 笹冬の家に倒れ込むように辿り着いたこの親戚の不幸は体と心ををぐしゃぐしゃにしてしまった。この夜の記憶は笹冬に忘れられない出来事になった。
 
  野宅の清三という母の弟は出稼ぎに行かない冬は笹子の冬山で木の切り出しをしていた。

 山で大雪と吹雪で仕事が出来ない日などはよく昼ご飯を持って、母に会いに来て弁当を広げていた。

 お湯と味噌汁をおいしそうに食べて魚の骨でネコの毛を撫でていた。優しい目と顔、静かな話しぶりだった。

 この弟が来ると母はとてもうれしそうで生き生きしていた。数多い兄弟姉妹とはほとんど疎遠なのに清三だけはただ一人母の特別な兄弟に見えた。
 
  出稼ぎに行き事故で死ぬ、かつては労働災害が多かった。出稼ぎは過酷な労働を強いられ危険もある。外国から来た研修生と称し日本に来て労働者として働いている外国人の怪我、死亡率は高い。

 田舎から都会に出てきた者にどんな過酷な危険な仕事が待っているのかは検討が付かない。 
 
  労働が死と背中合わせになっている。万が一にも故郷を離れた異郷の地で客死も有りうる。一家の大黒柱、主人であり父でもある家族にをある日突然死んだと告げられる。

 残された家族と弟の死を理不尽にも受け止めねばならない母の無念は極寒の吹雪の強い風に呆然とし、大粒の涙を止める事が出来な状況にいた。 
  死んだ弟も無念だ、残された家族はもっと無念だ、母はこう絞り切るように言った。清三は悪くない、死ぬような仕事をさせた会社とこの会社を紹介し手数料までもら貰っていた憎らしい村会議員も悪い。

 こんなことがあっていいはずがない、これでは恐ろしくて出稼ぎにいけなくなる、危険な仕事でないかどうかを調査し、出稼ぎ先の追跡調査まで行うのは秋田市にある労働基準監督署の仕事でないのか。

 母は怒りをどこにぶちまけたらいいのか分らず、泣き崩れてしまった。
 
  母の金子は思った。なぜよりによって弟がこのような事故死に遭うのか。運命か、不運だったのか。
 
 そんなはずはないだろう。ただの偶然か、哀れな死に方をしたと今は亡き母にどのように報告すればいいのか。言葉が見つからない。

 こう思うのも金子の母の幸江はこの年にさかのぼる二年前に他界している。それも自ら死を決めた日に亡くなった。

  ㉙ トイレ

  特に子供たちの衛生問題は過疎貧困の農村に重くのしかかる。
 
  東北の寒村のトイレは後進国以下だった。
トイレに手を洗う水を引けない、発想がないのは給水ポンプという力の伴う水道装置がないからだ。トイレの設備に衛生概念が欠如していた。

 このころの大人はそして農家はトイレがいかに衛生に重大な影響を持つか、考えていなかった。
 
  トイレに水を引くことは簡易水道が出来たずっと後だからそれまでには出来ない思われがちだが、水が目の前に来ているのにそれでも水を引けない、引かない。 

 バケツに水を入れ柄杓でお尻を洗う、この当たり前を異郷の地フイリピンでは実行している。
 
  当時、子供達は顔に白いたむしを作っていた。頭に蚤虱が子供についていた。頭からDDTをもかけられた。子供に対する保健は忘れ去られていた。

  ㉚ 農薬散布

 『なんだこれは』笹冬の頭の上にヘリコプターが轟々音をたて、家の屋根に激突しそうだ。農薬散布が梅雨の明けるのを待ってヘリコプターで散布される初めての出来事だった。

 雨が止む七月を待っていたように田園に稲の虫の駆除剤を撒き散らかしている。すると八月、九月に秋空を真っ黒にした赤とんぼが消えた。

 異変は思わぬ所に現れた。柳の下の泥鰌も川の鰍も突如消えた不気味な夏が過ぎ秋が来た。

 どういうことだ、これではヒロシマナガサキにばら撒かれた死の灰ではないのか。ベートーヴェンの愛した田園は何処に行った。 
  そんな時にこの笹村へ東京の大学を卒業した紀貫之という人が来た。鳥海四村の公聴会、ヘリコプターによる農薬散布について様々な意見が飛び交っていた。
 
  全ての委員がヘリコプターによる農薬散布の利点を上げ賛美し賛成するものだった。

 農家はこのヘリコプターでやっと害虫からい大事な稲を守ることができる。これで安心してお盆休みとお祭も祝えるというものだ。
結果が出ない前に安心しきっていた。
 
  秋田の有力な県会議員も言っていた。これからの時代の農業は機械化の時代だ。田を掘り返す作業は稲づくりの難所といわれてきたが、耕運機というガソリンで動く土を掘り切り崩す作業機械が取って代わった。

 農業しいては稲作文化に衝撃を与える。人力による労苦が消え去るということだ。

 農家の負担が軽減されてもアメリカのような広大な土地は望めないがおいしい米はこれからいくらでも品種改良によって可能だ。

 この温帯の湿潤な気候は天からの恵みだ、カリフォルニア米などこの前、視察旅行で食ったらそのまずいこと。

 あまりにまずいのでうれし泣きしどんどん頂いてしまったよ。あははー。
 
  これからは第一次産業は機械化の時代だ。日本の農業機器メーカーを見よ。日本の会社の農業機械は群を抜いている。
  
 まずはクボタだろう。

 アメリカ:Deere and Company( ディア・アンド・カンパニー)などと比較しても小回り機能性価格耐久性メンテナンスとどれをとっても引けを取らない。

 次にヤンマーは、

 トラクターはもちろん、乗用田植機やコンバイン、ミニ耕耘機といった管理機全般に生産を拡大しつつ人気も抜群だ。

 〃さなえ〃シリーズとして販売し人気となった田植機を擁しているメーカーだ。. 
 
 イセキも捨てがたい魅力がある。
 
 県会議員市議会議員町村議会魏員のみなが農業の機械化を声高く賛美し農家の明るい未来を想像していた。
 
  「みなさん私の意見もお聞き下さい」

 こう立ち上がり、委員会の公聴会参考人発言をする紀貫之の姿があった。私は東京の武蔵野農業大学で四年間農業に関し様々なことまた問題について勉強してきました。

 私の家と言いますのは清水淵という笹野川の滝壺のあるそれは断崖の峡谷にあります。この地の人々は親の代を四代もさか上る江戸時代の昔から迫り来る山を切り開きでこぼこだらけの土地をならし懸命に荒地を切り開いてきました。

 この開墾の歴史は私の父の代、私の代までも引き継がれています。しかし人力と馬と牛の力による物ですから遅々として進みません。

 ところが昨今は便利な機械,耕耘機や除草機が農家の負担を減らしてくれるのは夢のような話です。相当高価な機械とも聞いていますが早く実現して欲しい事です
 
  みなさん自分の土地の土壌汚染について今一度考えて下さい。
 
  先ほど上映されていました日本農薬工業会の安全宣伝めいた映画には少し偏った見方と言いましょうか、無理があります。
 
  君はヘリコプターによる農薬散布に問題があるというのかね。
 
  有史以来初めてのそして画期的な事業にケチ付けるのはけしからん、議員の一人が言った。

 側にいたもう一人の委員は、まあ話を聞かないとね、発言をし始めたばかりなのにその機会を奪う様なことは慎みましょう、こう諭した。
 
  みなさん、東京都江東区の日本化学工業六価クロム汚染事件を御存知ですか。

 六角ロムを投棄された土壌には草も生えない虫も生息しない荒れ地になり、周辺の住民の子どもは異常なほど多く皮膚病が発生した。

 大人には肺癌が異常に多く見られた。六角クロムは地下水にまで浸透し深刻な公害問題を引き起こしたのです。
 
  みなさん安全性の説明をしている映画では農薬は八ヶ月から十ヶ月で太陽光に当てると消滅するとのことでしたが、水蒸気や霧ではありません。農薬には自然界に出ても消滅しない残留性があります。

 雨の水も昼夜の寒暖の差が大きいときは結露します。水同様に地面を覆い消えてなくなる農薬など有りません。肥料ではありません。

 即、地下に浸透しあなたの家の井戸にもに水を引く田や堰、用水路に流れてくるのです。

 また地中にたまった農薬は高濃度になり作物は農薬汚染に晒される。我々の田畑は幾代も祖先が自然のサイクルの中で米作りに励んできたのです。

 この調和のとれた自然の循環こそ自然の理にかない安全で持続し再生可能な環境をなしていくのだと考えます。 
 
  何言ってるんだ、詐欺師の家系が。
 
  農薬は六価クロムなのか、根拠もないことを言って村民をだまし動揺を与える愉快犯だ。
ありとあらゆる大嘘もみなにばらまいているそうだ。
 
  鳥海の四村のみならず由利本荘地区そして隣の羽後町と言い次々と、秋田県外の東北六県そして全国的な規模でヘリコプターによる農楽散布が強行されようとしている。

 日本の大地は曾てアメリカが広島長崎に原爆を投下した死の灰と同じようになる。

 首都東京に焼夷弾で焼け野原にしたB29の再来となれば、悪魔の所業だ。
 
  こういうことよ。

  農業は土作りと言われている。この土はどうやって出来たのか、誰が知ろうか。地球四十六億年の中であの地中に住むミミズが土を作った。

 農薬に汚染された土地は原爆の死の灰を浴びた広島長崎の土地と同じ性質を持つ土でしかない。

 これはソ連チェルノブイリ原発事故を導入するようなもの。自然の生態系を一度壊したら二度と元に戻すのは殆ど不可能。
 
  あの男鹿半島八郎潟を見よ。土地欲しさの欲張り半島農民が愚かにも干拓事業に諸手を挙げて賛成した。しかしその結果ワカサギや大量の魚介類を死滅させてしまった。

 自然に対する敬意を忘れた者、この地域の人々に天から巨大な罰が当り落ちてきた。それまで当たり前のように考え存在してきた目前の地場産業を失う。

 地域の佃製造工場や、問屋,流通の雇用と産業を失った。そして郷土の捨てがたい独自の文化を忘れ捨て去り平凡な町の仲間入りをした、これが今に残る一日市のありさま。

 この地域の佃煮や淡水魚、湖の独特の生態系は海水と真水が混ざるという世界にも類例を見ない独特の湖であり、浅い湖だった。それでポンプで水を海に放り投げしただけで広い土地が現れた。

 そして欲張り者が堂々と風光明媚な土地と自然を破壊したのである。男鹿半島入道崎八郎潟寒風山この三拍子も四拍子も整っていた自然を破壊した。
 
  みなさん秋田の風物詩ハタハタの漁獲量が近年激減しているのを御存知と思います。その理由を色んな人が色んな事を言っています。

 漁師が言うにはたぶん取り過ぎて枯渇したのか。はたまた海流と海水温が変化したのか、と海洋学者が。そして韓国中国の海岸に住み着き日本近海を避けたのだ、と愛国主義者のグループが。

 また地元の漁港は海は広いんだ、江戸時代から続くハタハタが突如消え去り無くなるなんて考えられない。

 また地元の海洋研究所は、おかしい、秋田の海岸は昔のままだ。海も汚れていない、ゴミも無い。

 綺麗な海とのどかな波は昔と少しも変わっていない。原因は他に何かあるのではないのか。
 
  東京から視察研究に来たある学者グループがこんな仮説を発表する。秋田山形青森新潟富山の日本海側の漁民には到底受け入れがたいまさかと思わせるものだった。

 秋田の雄物川米代川子吉川、山形の最上川を通して大量の汚染された水が河川を通して海に流れたからだ、こう推論する。

 明治の文明開花、日清日露戦争、第一次、第二次世界大戦、太平洋戦争と日本は戦争のため富国強兵政策を進め兵員動員をして食糧も増産が急務になった。。

 食糧増産のため農薬を使用し成果を上げてきたことは確か。しかしながら肥料ではない。文明開花後百年、百五十年後漁業に海の異変が起きていた。豊かな海はまさしく魚のむまない死の海と化していた。
 
  東京から帰京したあの若者の言い分はこうなんだ。農業委員は吐き捨てるように言った。
 
 あの家系は何かものを決めようとすると異論を唱え混乱させようとする悪い性癖の持ち主だ。昨年丁岳の石切り場の掘削運搬の許可をもらった。それも県庁からだ。

 あの紀貫之という男はこんなことを私に言った。これでも主の大雪は毎日テレビにマスコミに出ている名の知られた衆議院議員だ、しかも与党の幹事長をしている。その方の筆頭秘書の私にですよ。
 
  あなた方の羽後おばこ大雪山工業は確かに
県の許認可をクリアーしています。あの丁岳の石の採掘、そして砂利の生産、また輸送の許可を得ていることは承知の上で言います。

 曾て明治の時代の田中正造足尾銅山に何を見たか考えて下さい。誰が認可しようが公害問題の防止にはなりません。

 話は飛びますが、古都の京都、そして鎌倉市の由緒ある歴史のこの地域に美化推進条例及び条例に係る計画、環境美化条例というのがあることをご存知ですか。

 これは周りの景観を損なう高い建物、建物の色、もちろん建築物の種別の制限とありとあらゆる規制をして古き良き歴史ある街並みを開発という荒波に対抗しているのです。

 このような条例があればこそ景観が守られ日本に来る観光客に外国に世界に誇れる文化遺産として存続できるのです。 

 丁岳は隣り、あなたの会社が削った山を見て下さい。山に鍬でも入れたよう痛々しく切られた岩肌がこんなに遠くからもくわかります。砂利の採掘は自然の山をも破壊する。山はおむすびではない。

 鳥海の景観はこの笹村に住むみんなの共有財産です。山の所有者、開発許可を得たものだけの所有物ではありませんよ。それ加え大型のダンプカーで一日二十往復以上しています。軟弱な道路が人の徒歩をも難儀にして、道路をも巻き添えにして商売している。

 この軟弱な道は土手に大きな砂利をばら撒いただけですよ。大型のダンプカーが通ると、少し低い田んぼの両側に砕石がはじけ飛んでいるんですよ。この有様はトラックがパチンコをしている。

 あなたの会社の会長社長はこの状況をご存じないのですか。まだほかにも砕石を掘削するのは大きな問題があります。

 昔からきれいだっ雑木林に覆われた山並みが、固い岩石の岩肌の山と化し山の保水力が落ちたことです。

 岩に水を蓄える機能 っっっyは無い。アフリカの広大な大地でさえ、何千年も木を切り続けたらサハラ砂漠になったと言われている。

 笹村川を見たことがありますか。昔からあんなに水を湛えていた川が今は河底の砂利と石が目立ちます。しかも水の流れが悪いので水が腐乱している。あの磨いたような小石はなくなった。

 山が蓄える水はミネラルの宝庫です。この山の落ち葉、枯れ木、枝,蔓と名もない草木の川を経て海の海岸にたどり着く。

 それゆえにハタハタも毎年やってくるのです。養分豊富な川に流れてきた来た山の水を秋田の海岸のハタハタは故郷へと目指す。山の水の枯渇は秋田の海岸に死の海を作ることになります。

 ハタハタは既に幻の高級魚となる運命に直面しているのです。我々の代で先祖が守り抜いてきた魚を絶滅危惧種にしている、それがあなたの羽後おばこ大雪山工業がしている環境破壊行為ですよ。

  ㉛ スパイ

  またこんなことも言っていた。

  農協の在り方・農協の指導はおかしいところだらけだ。実におかしい。自由競争の社会なのに農協から農機具を買わなければならない義務のような強制はなんだ。農協とは旧ソ連共産主義システムなのか。

 農協にしか米を売れない、こんなバカなことあるか。一体誰のための農協なんだ。個々の農家の不利益を助長する旧態依然のバカげた組織だ。

 なんといっても農協の理事長選挙は不透明だ。多額の現金買収が飛び交った噂で持ち切りだ。
 
 そうか、そうかよく知っているな。しかし我々のスパイはあのような反対運動謀略家の動向をつかんでいる。昨晩のおかずも知っているぞー。懐の所持金さえでも。

 こう言ったのは農協の理事に選ばれているひとりだった。  最近あの男は本道吟醸市と八重垣椿地区の田園緑の党支部に出入りしているそうだ。我々の秘密部隊の女の子忍者に新聞赤緑の折り込みのお手伝いと称しスパイ活動をやらせている。

 相手の手の内は読めている。革新政党とはちょろいもんだなー,愉快なことハハー。
 

 こんな話しも聞いたぞ。
 
 七月に県知事選挙がある。その選挙の宣伝車で、暮らしを守る大月、大月三四郎候補にぜひ投票して下さい。

 世の中の仕組み疑問に答える赤緑旗をぜひ購読下さい、この様にマイクのボリューームを上げ、宣伝するやら、紙爆弾といわれるチラシを全戸に配っている姿を見たという人がいる。

 無名な一青年が知事候補より注目を浴びるなんて、名誉な事よ。俺もそういう市議に一度でいいからなりたかった。

  ㉜ 市議会議員選挙

  そのころ知事選と本道吟醸市の同時選挙があり、ある海岸線近くの同志の家で出陣式があった。

 松ヶ崎といい本道吟醸市から一〇キロ余り離れた海岸線に沿って国道七号線がありその隙間の平地を利用しかろうじて家が建つスペースしかない、閑散とした海岸線が続く。

 海の波音と松を揺する風の音、子供も大人も見かけない、ここの人々は田も畑も多くは持っていないだろう。この様に思わせる。すぐ地形が断絶する海岸線に沿った海辺の寒村だった。

 それというのも海岸線と道路を切り開いた土地はだれの目から見ても狭隘そのもので貧しい海辺の村にしか見えなかった。
 
 みなさん、よくこの狭い我が家にお越し頂き誠にありがとうございます。

 此度市議会議員三期目の立候補を選挙管理委員会に昨日届けてまいりました。
 
 こう挨拶するのは松ヶ崎の市議会議員選挙に立候補した当主の嶺山芳春という人だった。広間にきれいなお膳が並べられ、朱色のお椀に箸と、みな一度も使用したことがないようにピカピカ漆の光沢が部屋を照らす。

 今にも華やかな宴が始まりそうなこぎれいなお膳に鯛のお吸いもの、赤飯、手作りの小料理がお膳からはみ出しそうに重ねながら並んでいた。 
 
 田園緑の党の同士の皆さん、皆さんの応援をいただいて赤緑連立党の市議を二期八年間無事に務めさせていただきました。議会は馴れ合いの悪しき妥協の場です。

 市長の政策をよく検討し勉強もしていない,そのため反対、賛成できる意見を持っていない、こういうのが与党自友党の議員です。今日ははるばる私の選挙応援に駆けつけてくれた若者三人をご紹介します。

 知り合いになった順番ですが、向かって右側から紀貫之さん、凡河内躬恒さん、壬生忠岑さんです。 

 皆さん、秋田のおかしな行政は新聞でも大きく取り上げられ、秋田新報の報道姿勢も非難されたことがありました。マスコミもこぞって権力の側に立ち、悪しき風習の県政が民を圧迫しています。その凄まじきは全国版です。

 不満反対抗議の声を悉く踏みつぶし己の保身を計るのが知事を先頭とする与党です。嶺山さんは眉が太く顔立ちも精悍で話しぶりも力強く明瞭だった。             
 
 こんな人が赤緑連立党から立候補しているんだ。嶺山さんの話は続く。多くの無所属議員は政権政党にひざまずき媚を売り、地元の土建屋に仕事を与え村人に土方をさせている。
茶坊主と女中の二役をこなす妖怪だ。
 
 選挙では絶対他党の他候補に投票しないよう仕組んでいる。万に一つでも反対したり疑問を投げかけたら、もう村八分になる。

 このように本道吟醸市とわが秋田を乗っ取ろうとする勢力とは断固戦う、こう締め括った。

 三人の若者が顔を会わせるのはここで始まった。

 出陣式が終わり、三人は凡河内が運転する車で帰路についた。そこで壬生は溜息をついた。どうしたんですか?と貫之が聞いた。それがねと壬生。

 先日知事選、市議選のポスターが出来ていると言うんで県の党本部に行ってもらってきたんだ。ところがねえ、

 〃アフガニスタン侵攻反対〃
 
 等という、呆れた大きなポスターばかり、六本木の労党本部が作るだろうから全国版はいたしかなし。しかし此所は東京じゃないんだよ。

 果たして秋田の農家の人々がこれを見て我が田園緑の党をどう思うか心配だね。赤緑連立党の嶺山さんもこれには正直困った、そう聞いた。

 その背景というのも今一つで、キャッチャーがマスクを取ってニコニコ身構えている。背景もスローガンも何か変な印象しか受け取れないでしょ。とても非現実的で人ごとポスターだった。

 これがその一枚ですよ、そう言って二人に見せた。これもまたひどいチラシだ。世界の三分の一は共産主義社会主義国に住んでいるんだ、こう威張って書かれて時はたまげたよ。

 なんとあのソ連と中国の社会主義を批判し決別したのに、まるで友党同盟国であるかのような共存友好の体制肯定の表現。

 常任幹部会などのものものしい権威主義、もののとらえ方は、旧ソ連の党の機構そっくり。末端の党員の意思を反映できるはずない。

 あのルーマニアの独裁者の所に党幹部が訪問したのを赤緑新聞にトップ一面い載せた。困った結果を見たのは地方の我々では無いか。
熱狂が悲鳴に変わった。

 不安は的中しその後案の定、大統領が民衆に捕まえられ銃殺された。共産主義とは独裁そのもの、何も分かっていないのが党の常任幹部会と言う密室。何処吹く風の如し。

 壬生さんは東京の大学で政治学を学んだ方とお聞きしました
 
 また凡河内さん、貴方と我々は同士党友だから遠慮は無用、そうです、目黒区の祐天寺大学の卒業でしたね。

 はい、経済学部でしたが、文学にも興味があり詩や小説を書いていました。今も細々ですが続けています。
 

  ㉝ 爆撃弾の持論

 そうこうしているとおとなしい凡河内の政治論と文学論が車中で堰を切ったように爆撃弾の持論を展開したのであった。

 まずは明治維新に先立つ徳川の治世二百六十五年間の文化遺産だ。これは非常に驚嘆に値する。徳川幕府の良いことはたった一つ鎖国を頑張って続けキリスト教を排除したことだ。

 奈良天平を日本人の心のふるさととはしない,出来ない、近代に繋がらない、歴史としての時間だけが繋がり歴史的遺産は少しある。

 日本人は今後五百年後一千年後に徳川幕府の世を心の故郷と呼ぶ。徳川の時代は封建社会の完成した頂点です。

 封建社会が好いのではない。退屈な二六五年間で人は何をしたか、どんな文化を創造したかに着眼点は尽きる。

 そして我らの便利な世にも徳川時代の良き風習が沢山です。かつての家の住まい長屋はマンションになったのです。

 五人連帯責任、火の用心、寺の戸籍の管理、これは今の市町村役場にあたる。まだまだあるぞ。  
 
 日本人の美の様式を作った長谷川等伯狩野派狩野探幽東洲斎写楽、浮世絵師など輩出数多。国学本居宣長、俳句の芭蕉・ 蕪村と煌めく文化の星々のようだ。

 現在に受け継がれている生活様式は江戸時代に完成している。消防や市町村の人々の組織消防団もそうだ。村八分、穢多(えた)等という悪しき風習もある。

 我ら緑の党の人間を穢多扱いにしているのが自友党だ。その子分が由利を我が庭とばかりに差別と圧迫を加えている。

 都会では企業が、農村では土建業者に付いた自友党が新しい昭和の奴隷制度を作っている。おトッと憤懣やるせなく話題がそれてしまった。

 江戸幕府は家康が家臣の分際で豊臣を滅ぼし天下を盗み取った。この男の人気が上がることはまず永久に無いだろう。ある意味では光秀の主殺しそのものだろうしそれ以上かも。戦国の最終戦の生き残りだ。大目に見てもおかしくない。

 徳川打倒に動いたのは薩摩と長州だが、この覇権握った両藩がひたすら戦争へと日本を先導していく。東京空襲も広島長崎の原爆投下も歴史が必然を与えている。

 ここで僕が言いたいのは、日本が帝国主義ファシズムに突入していく中で反戦平和を貫いたのは田園緑の党だけだった。小林多喜二などの作家も出たが世の中の趨勢を決める大きな流れにならなかった。

 このことが日本人三百二十三万人の死者という悲劇になる。把握した数字より実際は遙かに多いだろう。

 世界大戦において戦争を始めた原因を日本は作り多く荷担してしまったでは無いか。日本人は本当に反戦平和の勇気を持ち、馴れ合いや長いものに巻かれろ主義は捨て去るべきである。尊い人命を失い美しい山河を死の大地にしたのは何か。

 軍国主義と軍人はどのような経緯で政治の実権握るに至ったのか。過去の歴史に学び失敗を繰り返さぬ事だ。

 何しろマッカーサーは原爆投下で朝鮮戦争を勝ち抜こうと思ったぐらい、武器に頼り世界の問題を解決しようとした。

 ああそうそう、文学と社会のの関わりのことを話すんでしたね。この国の文学は箸にも棒にもならん。文字を書く堕落家とその歴史だ。暇人の道楽だ。。

 よくぞここまで花鳥風月を貫き通したもんだ。我がことにあらず、あっしには関わりねえ事でござんす。

 偉大なる傍観主義、物を書くより汗をかけ。軍事工場に学徒動員されるも無理なし
 
 明治の黎明期に二葉亭四迷と言う人が(浮雲)という小説を出しています。名は体を表す、落語家と思った。

 三波伸介の祖先か、二葉亭とは寄席かトンカツ屋の建物かとも思った。あの(浮雲)たるや男女の三角関係、色恋沙汰こんな物が日本発の口語小説とは日本の文学のレベルはいと低し。

 坪内逍遙の『小説神髄』などは江戸時代の戯作文学そのものを主題にせよという。文学の多様性可能性を全く見極めできなかった文芸評論家にすぎない。風俗なんて夜のフーゾクしか思い浮かばない。

 明治の開明期にしては程度が低い。こんなものは写実主義とは言えないだろう。文学とは堕落人のすること。

 遊び人の暇つぶし遊興か、明治とはかくもふしだら非人間的な亡者の物書きがお化けより多い。
 
 次に登場したのがロマン主義だ。人間の感性を重んじるのはいいが、美辞麗句と歯の浮くような現実逃避、世捨て人が恋を歌う。与謝野晶子はその代表だが意外な人現る。

 この巨星の人、誰よりも日本の常識人だった。世の常識を非常識と感じた希有の人。日本の文学における革命児は女性だった。

 彼女は『君死にたもう事なかれ』反戦平和の思想を持った人でもある。女はみな戦争は嫌でございます、こう世に宣言したのは快挙であり不滅の金字塔を誰にも寄らず自らなしえた。これに比し茂吉などは戦争賛美遂行人。

 大政翼賛会用短歌まで作った。それ故茂吉の一,二万首もゴミに。戦争に若者を駆り立て戦死させた、短歌そのものが戦犯という暗い血の影が付きまとう。こう考えると茂吉の荘重な短歌も軽薄に思えてくる。

 後に自然主義の小説家に転じた島崎藤村もそうだ。女子高生向けの恋文詩を書いてこれどもかリンゴ食え、千曲川を見て川水浴してから死ね。残薄街道は高堂に登る花の道。

 樋口一葉森鴎外泉鏡花等わずか作品を残すもみな短命で一時代を作れなかった。

 次に登場するは自然主義。訳分からん駄文をくどくど書いている。徳冨蘆花の(不如帰)なんて文人が暇もてあましているようだ。社会性とはほど遠い花鳥風月の思想を明治に引きずっている。

 なんだあの島崎藤村の小説たるや、木曽の地名飯山、馬籠宿、妻籠宿。中仙道は、『木曾街道』とも『木曽路』のとも呼ばれる江戸と京都を内陸経由で結ぶ二百キロメートルの街道である。しかし私は言いたい。

 地方の地名に囲まれている様子がやたらでてくる。国学を目指す主人公が発狂するストーリーはいただけないね。地方文学なら良いだろうが、日本そして世界に飛翔する如き物では無いなあ。中身はとても詰まらん。私には何の参考にもならない。

  壬生さんには、文学の主人公の行為は読むにも人生にも影響にもさほど値しない、教訓など皆無でつまらなさだけがあるようですね。
 
 貫之は長い凡河内の話を中断させた。

 ははー,もうチョット良いのかな。もう少し続けさせてくれたまえ。というのもかくも文学と文学者に批判的なのは理由がある。

 たとえばだが、高名な科学者、高名な学者、また大金持ちで財をなした事業家、いいやごく平凡な市井の人でも良い。

 こんな人々が世にいる。誰でも人生のステージを一度作りそこで演じることが出来る。これはその人が演じやがて幕が下りる。

 その後は家族友人近隣または会社や組織の人の心に残りその生涯を草花のようにでも本人の関知せぬところで語られることはあり得る。

  それでだ、ここは文学の創作活動を小説としよう、これを書くのは小説家だ。人生も一度用意された舞台もこれっきり。死ねば終わりだ。

 ところがこの物書き業たるや人の人生を思いのまま一,二度と言ず、生き返させたり再生させる。私は甦りです、かく言う人は作家だ。此所が肝心で要所でもある。

 自由に材料を集めて料理を調理する調理人に似ているな。人の生涯とニユースを自由に描く、素晴らしい天分だ。この才能と資質を活かして世に広めその是非を問う、作家とはその様な宿命を背負わされている。罰を受けるときは人の七倍受けよ。

 それ故に物を書く、記録する、創作する、このような人の責務は重いのだ。筆に任せて堕落の道具としてはならぬ。

 これをいい加減にして、己も読者にもまやかし誤魔化しの駄文を連ねる、こうのような作家を放っておけん。その非人間性、道楽ぶりを追及せずにおられないのだ。

  かつて凡河内が論じた詩人論がある。
                                
  ㉞  凡河内の詩論

  萩原朔太郎

日本近代詩の父 
と称されながら
日本のボードレールにはなれなかった

とはいえ 
同時代の白秋 
犀星 達治にくらべ詩は口語体だ
と言いかける 
月に吠える はそう

言葉も詩の感覚も近代的だが 
それがどうしたことか
これ以後は文語体になり
詠嘆も江戸時代末期
明治初期の
古典に戻ってしまう

ボードレールになって欲しかった
これは詩人への私が出来る最大の賛辞

この可逆性は歌の歌詞に否定される

演歌 フォークソング 
ニューミュージック ポピュラー 
童謡の作詞家達

現実的、時代的な目は
明治の昔から今日に至るまで 
遙かに優れている 

日本人の心をいち早く掴み
伝え歌うに機敏
謡曲の作詞家は歌詞の機知に富む 
時代の波をスイスイ泳いだ
余裕がある立ち振る舞い

あるときは情熱の真紅の薔薇   
ある日は細身の女将燕子花
歌の歌詞の七変化 
紫陽花変化の離れ技

紅葉の季節です
日本の美を歌にした 
敵ながらあっぱれ
歌手はこの晴れの
舞台で歌い踊る

鳶の男が毎夜 
夜桜お七坂本冬美 
夜桜お七坂本冬美
とうなされていたそうだ 

無理なからん
優位に立つものの
気品さえ感じる

詩ゆえ詩たる王座の地位を
歌の歌詞如きに
いとも容易く奪われる

私の好きな 港 の歌詞
〃空も港も 夜ははれて〃
豊かな水を湛える港 

水一滴も無い港に来てしまった私
魚一匹いない港でつれない魚釣りする私

土俵も観客もいないのに
稽古に励む力士
春夏秋冬場所に
進退をかける土俵は目前

荒れ果てた海の荒野だ 
不毛不運の港よ 
干からびた月の沙漠よ


    宮沢賢治は羅須地人協会
 
40年も前に訪れた
今も あの佇まいが
あのままであって欲しいと願う

賢治に対する評価評論は数多 
ネタミシットも相当ある
努力を忘れた人だけがそうなる病気だ

あなたも宮沢賢治になれる可能性はある

農業の宮沢賢治
工業の宮沢賢治
商業の宮沢賢治
漁業の宮沢賢治
派遣会社社員の宮沢賢治
高利貸しアコムの社長になれる

人は誰でも宮沢賢治になれる
天分を持っている
なぜならこの世は
宮沢賢治の法華教の世界だから

置かれた場所で咲きなさい 
花瓶じゃあるまいし
ノートルダム清心学園とは
希代の黴菌学園
しかし意外だが
賢治にはよくあてはまっている

縁とは奇遇だ 
賢治の死後草野心平
大きな役割を果たす
蛙のうたという売れない詩を作った人

賢治の信心が仏を呼んだのか
賢治の才能と作品紹介のため
尽力した人が文学界にいた

詩人歌人による
このような出版例は幾つもあるが          遺作を整理して世に出してやる
生前為し得なかった
未完の草花が
こうして結実するのを見る
これは唯一の慰めでもある

 


    石川啄木

かつて私の所属していた
短歌会の全国大会のことです

ある出席者の一首 
啄木が ○○詠まぬは 
不思議なり 
腹の太鼓は 舌鼓打つ

(○○は魚名、北海道産)
啄木といえば 
貧困と漂泊、早すぎる死

他人の不幸とは 
絵空事に過ぎないのか
人の苦境は美食の
題材にしかならぬか

といっても
同情も問題があるのか
〃どうじょうするならかねをくれ〃 
といわれたら、
同情するから金をやる 
こう私は応える、少額だが
            
話が変わり
一握の砂の序文を
藪野椋十という人が書いている 
はじめは落語家の文かと思った 
後年自分の過ちを知った 

狷介な性癖とはいえ朝日歌壇の創設 
啄木を選者に抜擢し、自身は社会面部長 
その辣腕ぶりは記事の口語体化 
家庭欄の充実 
退職後はフリージャーナリストの
先駆者、今日につながる斬新な
イデアを次々と打ち出した
人ともいう

売らんかな 

窮乏する啄木の一握の砂
その序文の意図はこうだった


    大手拓次は藍色の蟇

この奇妙な詩集の表題は
生前、二四〇〇もの詩を書いたが 
生前出版された詩集ではない

白秋などによる出版は
その死後の二年後という 

白秋門下3羽カラス 
そういえば詩を書いた人は
誰も思い浮かぶ 
朔太郎 犀星 拓次 この三人

しかし拓次が一人 人気が無い 
なぜか理由は明白

言葉は音楽的に流れ
幻想的な表現だが
一編の詩に多くの思いをいれる 
一行一行が詩の主題に近い 
焦点がない 

このように変化と
多情多感これが拓次の特徴か

しかし
生前今一つ人気のなかった詩人は
独自の作品を残し 
華やかさとは無縁だが
印象にも残る人だった
このようにその業績を讃えたい

先人の偉大な足跡を辿り
これを伝えるのは
後輩の私の役目です


  ㉟ 壬生の長い戦闘記

  壬生は社会変革に共感していた。いやそれ以上に社会の理不尽と不正と搾取に我慢がならなかった。

 大学を出て故郷のため何をかなさん、この情熱に人生が狂い始める。
   
 そして、たちまち暗く冷たく不合理な寒村という壁が立ちはだかる。

 古来利権を食い荒らし、欲しいままに振る舞う郷里の土建屋が嫌いだった。

 革新政党のオレンジ通信という機関誌を戸別訪問して歩く壬生を見て村の土建組合、由利仁賀保金浦保守連盟の議員が顔を顰めた。

 なんと、我らに挑戦する革新政党の活動家現ると、そうか今まで好き放題しても文句を言う者などいなかった。

 悪い芽が大きくならぬ内に早く摘み取ろう。何か褒美でも呉れてやれ。早くも悪魔が爪を研ぎ始めた。
 
 世の中には悪事を働き、公正に慎ましく生きている人々を食い物にする者が居る。。

 それもその筈、情け人情、義理も無し、こう言う輩は実に多い。百罰あたり千罰当たるべし。

 農村に深く食い込み髑髏の巣窟を作る奴等は許しがたし。天に変わり成敗をいたさん。古いしきたり、因習あれもこれも良いことは無い。

 何からどう変えていけば良いのか。壬生は孤軍奮闘するも悩む。
 
 或日のことだった。川内の土仏坂の同士の家を訪ねた。

 玄関の横に大きな牛小屋があり牛を飼っていた。この家はこの地方の典型的な農家の作りらしかった。田園緑の党のチラシを持って挨拶すると、すぐ嫌な顔をして無言で受け取り何も言わなかった。
 
 声を掛けられても返事をしないようにさせられている、すぐわかった。

 こんな迫害まで受けているのか、しみじみ思う壬生だった。 

  日銭を稼ごうと土方を申し込んでも示し合わされたように、どこも雇ってくれなかった。

 近所の農繁期には人手がいるはずなのに誰も声を掛ける者がいない。村の連絡網に回覧板というのが有るが、隣の家は壬生を跳ばしてもう一軒先の家に持って行ってしまう。大小様々な差別と嫌がらせをされていた。

  我は穢多(えた)なり、此所に生きるは生涯穢多だ。昭和の藤村は昭和の穢多として世に出る。

 生まれ故郷の木曽路は父祖伝来の土地だ、慈音新勝寺の檀家でもある。村が共同管理する山林の有力な持ち主でもある。

 思想信条が異なると、かくも村八分をするのか。葬式と火事の時だけは文句を言わない。寒村とは人情の村では無い。

 貧農とは心の奥まで腐りきっている。親は親で何してるんだと問い詰める。見かねた親戚は早く革新政党から離れろ、そうすれば村人は安心してお前に近づける。

 地元の土建屋の言うこと聞かぬ者は迫害されるのか。理不尽だ、これはおかしい、何かが狂っている。

  自由に物を考え発言し選挙に臨むことも出来なくしているのか。昭和に出現した新奴隷制度は許さん。壬生はそう決意するも孤立無援だった。私の愛する故郷の山河は怨念の山河となった。

 食い扶持を与えてくれる者には身も心も魂さえ売り渡すのか。東北奥羽の悪しき風習を我が手で取り除かねば。
 
 ある年の春だった。緑の党のポスターとチラシを軽自動車で配布していると、もう川内の伏見まで来ていた。

 反対車線の右側に三内丸山遺跡小学校・中学校という道路標識が見えた。

 そうだ思い出した。この緩い坂を登ればあの小学校六年生の時、鳥海の川内、笹村、直根、百宅の小学生チームがソフトボール大会の試合に臨んだグランドがあるはずだ。

 もう早くも十二年は過ぎているのか。壬生は昔の事と、幼少期中学時代と楽しく過ごさせてもらったのを久しぶりに思い出した。グランドを囲む遠くの山河に感謝と故郷の良さをしみじみ感じたのであった。
 
 もう此所まで来たのだから懐かしいあのグランドを見てみよう。そう独りごとを言いながら車をゆっくり登らせた。

 やや長い坂を登り終わったその直後のこと、紅白の眩しい白い運動着の子供達がはじけるように跳んだり走ったり鬼ごっこしたり、グランド一杯に歓声と笑顔が満ちていた。

 父兄も少しいたが観客はいなかった。運動会の予行演習かもしれない。輝く白い運動着に赤い帽子、そしてお互いの手を取り広げ、喜びの声が五月の空の抜けるような天に高く響く。

 子供達の瞳はきらきら光り、幸福は此所から未来と夢がこの地からスタートを切る。思い返せ。こんなに素晴らしい自然の地を。子供達の夢を壊してはならない。

 喩えこの地で迫害を受けようが村八分に遭おうが,冷酷な北風の様な目で見られようが私は負けない。

 あれは田舎の近所で四,五つ年上の子供達と雪の上でビー玉をあてはじけさせて遊んだ記憶が蘇る。何時も雪の晴れ間、また雪解けの頃、あの雪の感触五本の指に残る。遙か遠くになった先輩達は皆都会に行った。会う人は一人もいない。

 あれ以来見ることはなくなった。今はどうしているんだろう、急に思い出す。あの人々にも思い出させるだろうか。こどもの日に遊んだことは懐かしい故郷を愛惜で飾る。怨みなどはないはずだ。
                          
 決意が固くなれば成る程、村人は壬生を避けるようになった。

 道で会うとみなわざと顔をそらして目を合わせぬようにして通り過ぎた。またある者は卑しい者でも見るかのように目と顔を顰めた。


  ㊱ 壬生の放浪記

  万事休止でこの後に、壬生の放浪の旅が始まる事になる。実家にも最早居場所は無くなった。家を去るしか無い。このような仕打ちをした故郷の悪魔を許さん。

 山河を憎まず人こそ憎め、壬生は田園緑の党本道地区の委員長大岡忠介氏の家に寄宿した。小屋がありそこで寝泊まりした。
 
 その年、本道公園の一角でメーデー行われていた。大岡氏はメーデーの日の挨拶でこのように述べた。

 この秋田県と言わず寒村の本道吟醸地区で仕事を見つけ生きていくのは大変なことです。

 私共の革新政党を支持する者に対して激しく差別し弾圧する土建業の保守党がいます。この地域を我が物顔で蹂躙している悪者です。

 この悪行も間もなく終わらせます。彼らは地獄の火で焼かれスルメ烏賊同然となる運命が口を開けて待っていルだけでしょう。

 就職の差別、雇用日雇いの差別、反対者服従せぬ者への村八分の慣行と非人道的な神をも恐れぬ傍若無人の振る舞いこれを許し見逃す訳にはいきません。            
 

 かくいう私に家にも居候の青年がおります。東京の大学を出て故郷のために力になろうという青年に我が党のチラシを配っているというだけで就職の差別を受け二年経った今でもも仕事が有りません。この由利鳥海仁賀保とは土建屋が牛耳っている地域社会なのです。

 我ら民主勢力の躍進を恐れ徹底的に弾圧をする、これは戦時中の治安維持法を現代に悪用した手法です。我々はこのような歴史の反動勢力とは断固として対決します。

 メーデーにお集まりのみなさん、土建業と結びついた保守勢力に我らの団結を見せてやろうじゃ有りませんか。ちなみにこのメーデーに参加した保守の土建屋は零人ですよ。あははー。

 歴史の波に逆行するもののスルメ烏賊墓碑には、反動勢力何の誰がし此所に眠ると無料にて刻印してやりましょう、というと会場に集合した人々の拍手と喝采に包まれたのである。
 
 かつて東京では代々木公園、新宿御苑日比谷公会堂に五万とも十万人とも、労働者が集まり祝賀ムードで行進をした。

 しかしこの田舎の寒村の小さな町のメーデーの祭典は桜が咲き始めた木の下で、四十人かもしくは五十人その程度の人数だった。

 郷に入り 郷に従う 桜かな 

 余りにも簡素なメーデー、東北の桜の蕾のように小さくてささやかな大会だった。
 
 春とはいえども其処ら薄寒い空気が周りを包んでいる。チュウリップ、スミレ、ビオラと春の草花もまだ咲ていない。

 東北秋田由利仁賀保の人々はじっと堪えてきたのか,この春を待ちわびる花のように。 
 それからと言う日は大岡氏と共に車に乗り支援者の挨拶回りに追われた。支援者は何人といないが住んでいる地域が広い。田舎過疎辺境の地に投げ出された心地がした。

 とても此所での活動は無理がある。直感的に感じた。一年がんばり次を考えよう。
 
 その一年間余りの中で心に残る忘れられない人々にも出会った。猿倉の杉田玄白さんがいる。この方は診療所の先生だった。

 たぶん村人の反感を買わぬよう政治的には中立、民衆主義。個人的には労苦をしている者に支援を広げる人でもあったのだろう。

 電話が無いと仲間との連絡も取れないだろうから、そう言って固定電話の設置の費用を出してくれた。

 人の良い穏やかな人だった。奥さんもいて顔立ちは優しいそうでこの地域の人のようには見えなかった。

 最初で最後の出逢いがこの場で進行しているとは夢にも現実にも思わなかった。印象に残り恩のある人との別れは最初の出逢いで終わってしまった。その時診療所を出たとき大きな夕日が目の前にあったのを思い出す。出逢いを生かすことが出来なかった。

 外に出ると長い冬から目覚めた、土の匂いに包まれて草の綠が少し芽を出している。そして茅葺きの屋根に夕霞が落ちる幻想的な風景を四十年経た今も思い出す。

 優しさは一度限りだったが、イヤそういう邂逅という運命だったが、長さでも無い回数でも無い不思議な巡り会いという物が明らかに存在している。
 
 ああこのような辛い懐かしいそして悔しい出来事をなんと言い表せば良いのか。

〃あのときの電話設置費用を今すぐにでもお返し致します〃

 あのときの優しい言葉と励ましを四十年経た今も忘れておりません。あの日診療所を出て帰りの夕日の幻想的だったことみな思い出す。

 期待に恩返しできなかった己を恥じる。この言いようのない不始末を何とお詫びすれば良いのか。

  今は時も過ぎ取り換えしも振り返るも、時の流れに逆らいあの頃に立ち返ること出来なくなりました。


  ㊲ 矢島の次郎長

  人との出逢いとは不思議な物である。鬼のような物と出くわせば、あるときは仏にも救われることもある。

 そんな中で出会ったのが、矢島の町議員の次郎長さんだった。表札は自分が名付け決めたという、矢島町静岡清水字静岡清水谷地一丁目の一番地 と書き掲げていた。

 この町村と言わず差別はひどい物だ。島崎藤村の`我は穢多なり`よりひどい、徹底した反共勢力が跋扈している。

 あのおばこ建設工業の鈴木十兵衛信長と言う男はとても残忍にして拝金主義者だ。行李に銭を投げ込んで遊ぶのが趣味だそうだ。

 みなの前で挨拶するときは手を合わせ世界の平和とみなさんの幸福のため祈念していますと言った直後、今日も沢山儲かりますようにと今度は朝日に合掌していると付け加えるそうだ。

 すぐ弾圧の手が伸びてくる、この町村で仕事をして生きてゆくのは並大抵のことではできない。特に君の家のある笹髙原地区は刺客隠密村という別名がある。

 特に俳句を作っている奴には気をつけろ。世捨て人のような駄句を作り、村町を俳句行脚と称しその裏で住民の動向を探っている。b

 このように挨拶してくれた。佐藤氏は有能な電気工事士であり電化製品の販売もしていた。家の玄関には今まで見たことも無いガラス板のオートドアがあり、センサーで扉の開閉をしていた。
 
 町の人々の信頼を緑の党のオレンジ新聞の配布ではなく、まず最初に頼まれた工事の仕事で表していた。

 この人の話しぶり、町での議員としての体験は労苦に満ちた誰にも理解しがたい辛苦の人生だった。

 それというのもまわりはみな敵対勢力、革新政党の進出を恐れた保守という骸骨と、死に神を背中に背負い仮面を被った勢力との対決にしか生きる道しかなかったのである。

 この人の労苦は革新政党に属し身を置いた人しか分からぬ様な体験があった。とくにYKK創業者の横田ファミリー企業の締め付けは酷かった。もう仁賀保は企業城下港になっていた。

 何が世の中に正すべきか、人々の信を問う物は何なのか、これを身を持って教え実践した人だった。自らの名誉や野心などさらさら無く、威張ったりする人では無かった。,
 
 ある日のこと、次郎長さんと車で百宅地区の支援者の家を訪問したときのことである。
 
 君のために乳牛を用意してもらっている。さあ入ろう、

 暗い玄関の閂を上げ土間を通り案内された。居間には大きな囲炉裏端があり薪をくべ、自在鉤(じざいかぎ)と呼ばれる吊り掛けに大きな囲炉裏鍋(いろりなべ)が天井から吊るされていた。

 五徳も火箸も十能(じゅうのう)もある。昔ながらの農村とは言え、つい最近迄の壬生の家そっくりだった。

 古里は昔ながらに良い所が残っている。人情は鬼畜そのものだが家の佇まいも道具も、昔のままに幼い日々を思い起こしてくれる。

 どうだ、この搾りたての乳牛は見たこと無いだろう。

 鍋の中に灰を入れたように蒸気がゆっくり上がっているようだ。

 こんなに灰色の墨みたいな物が牛乳ですか、と驚いて聞く。そうだ、しかし浮いてきた表面の灰汁を取ればほらご覧の通り。

 鍋の中から真っ白い乳牛が良い香りで湯気を立てて出てきた。さあ飲んでみて、おいしいぞ、この味は市販の牛乳瓶の牛乳とはひと味違うから。

 どうだ味は。 
 はい、美味しいです。

 店が販売している牛乳のように白くは無いが濃い牛乳の匂いは強力にプンプンして家の茅葺き屋根全体に立ちこめる。

 良いですね、この本物のような味、生まれて初めてですよ。
 
 そうさ、我らの変革の闘争、社会の改革もこの牛乳のような物よ。この世は薄黒い邪な奴等の世界だが、今湧かしている牛乳の灰汁みたいなもんさ。これを取り除くのは我等の使命と思えてくる。

 まるでこの牛乳の灰汁のように。しかし悪事はばれて後、民主主義と言う鉈とノコギリで切り倒される。所詮根本から腐っている木の寿命は長くない。

 切り倒すのは時間の問題だよ。実を結ばない雑木林は根本から切り倒され火に燃やされる。諺通りになる。
 
 保守勢力はありとあらゆる弾圧を公然と続けてきた。悪事がばれ既得権を失うことを恐れている。議会の審議なんて名ばかりだ。こんないい加減を放置してはならない。

 議員報酬をいい副収入源としている者のが殆どだ。まるで情けない、産業も農業しか無い、製造業の誘致が出来るような場所でも無い、観光地も無理だ、都市から遠く離れた偏狭な地には人も来ない。
 
 就職の差別、村の寄り合いの差別、村の共同作業への差別、子どもへの嫌がらせと数えるにもきりが無い。

 我らは怨念には怨念では応えない。仕事も産業も乏しいこの村に今必要な事は若者達への教育である。長州の萩を見ればよく分かる。出羽の秋田には水飲み百姓根性が根強く残っている。

 上意下達よろしく変革改革の精神がに欠けている。我らと志同じくする先人がどれ程辛酸を舐めさせられ境涯を終えたことか、察するに余りある。
 
 この辺境の地から世に出て、世界に羽ばたき活躍している人々は沢山いる。百宅直根に溶接技能世界選手権で見事世界一に輝いた青年もいる。

 中学校の補助教員でありながら冬季国体のスキーの大回転で優勝の快挙を成し遂げた人もいる。この秋田から集団就職し事業を興し社長になった成功者も多い。

 この未来ある子供達に稲作の仕事だけ年から年中見せているだけではだめだ。世の中にはいろいろな仕事と夢が溢れている、講師を呼んで子供達に夢を語って欲しいものだ。
 
 ところが町議会とは何だ。新しい提案をすると、金が無い、前例が無い、そんなことはしなくていい。

 はじめから事なかれ主義、新規な物を毛嫌いする。自分の主張でないものは悉くあらゆる難癖をつけ揉み潰す。

 これが保守という牙城だ。新しい事はみな敵のように見ている。ようは自分の懐を暖めてくれる物以外は興味も関心も熱意も無い。こんな具合だ。

日は沈んでも朝日の昇るときは来る 2

 


  味噌作りは家族総出で行う。

笹冬の町は味噌は作るもので魚の様に店では売っていない。

秋田市内の高校に行くまでそう思っていた。


 家の玄関先に七輪を持ってきて枯れ枝や杉の葉をたく準備をする。

あらかじめ豆は大きな鍋に入れ二十四時間も寝かしておく。

次に水に入れて置いていた豆を鍋に移し替えて煮込に入る。

 大豆の香りと七輪から燃え立つ煙、木炭も薪も入れているがこの煙は喜びの様に空に上がり広い田圃の周囲に煮込んだ豆の匂いが遠くまで行き渡る。
 
  この日に合わせ麹を用意しておく。

 

筵に撒かれている麹は今にも動き出しそうだ。

塩も必要だし、醤油も準備している。

 煮えた豆はヘラや木の棒で砕きこれらを練り大きな竹を鉢巻きのように巻いた木の樽に2個分も作って入れた。

直径深さ共に1メートル以上もある。

 豆を茹でるのは一度や二度でない。

鍋は普段の調理用だからとても小さく見える。

鍋は2日間この味噌作りに使われる。

だがこれは春の楽しい恒例行事となっている。

 家の中のヒンヤリとした暗い所に樽を置いておく。

次期を見て、一年じゅうこれを食べる、

もちろん発酵後である。
 
  豆を使う手作りに納豆作りがある。

これは真冬に行う。納豆は魚屋で売られているような強い粘りはないが、茹でた豆を藁で容器を作り寝かせているだけで少し粘る納豆ができた。

 農家は道具も手作り、漬物も手作りでとてもある意味では豊かな村だった。

貧しいことを忘れさせ,意識させなかった。
 
 ⑻ 三浦桜子

  『私達クラスの委員だからしっかり先生の言うことを聞いて楽しく安全な旅行としないといけないわ』
 
  こう笹冬を見つめて言うのは六年生のクラスメートの三浦桜子だった。

この同級生はかつて五年生の時相性の悪い担任にぶつかった笹冬をいつも助けてくれた。
 
  新潟地震の時、一階の音楽室にクラスのみんなが集まっていた。

どういうわけか担任の伊藤良二もいた。

 地震と分かると真っ先に生徒を置き去りにして一階の窓から校庭のグランドに飛び降りた。後日皆の笑い物だった。

 笹冬が三歳上の兄と家でけんかをしていると職員室で公然と言う男だった。

忘れもしない。

 またこんなこともあった。

何か知っていることをみんなの前で話して聞かせてほしい、こう言われてクラスメートに指名されたのは笹冬だった。

 そのころの笹冬は戦国乱世の武将の戦記伝記をたくさん読んでいた。

徳川家康豊臣秀吉織田信長と好きな読み物だった。

 信長の物語を始める。

信長の父信秀が死去すると、こう話をした途端、信長の父は信秀ではない。

 声を荒げて話の邪魔をするのだった。

教師でない人がいた。
 小学五年生の悪夢も過ぎた。
 こういう時いつも慰めてくれるのはクラスメイトの桜子だった。

シャツが綻んでいたり
すると、自分の小さな裁縫セットを取り出し素早く縫ってくれたりした。

 ハンカチの手ぬぐいが汚れていたりすると蛇口まで駆けて行き洗ってくれたり、いろんな親切をしてくれた。

ニコニコ屈託のない笑顔が素敵な少女だった。
 
  『笹冬君、気にすることないわよ。

お腹にも悪い菌と良い菌が同居しているのよ。ここの小学校にも悪ーい先生が蟻の数ほどいるのよ』

 『子供に無理難題を背負わせて良い教師の顔して、私公務員です、なんて笑ってしまうわ、あの給料は税金の塊って言うんだよ。

おほほーほっと』
 
  『語り部代表はクラスのみんなが笹冬君を指名したわ。

もしも私がみんなに当てられたら、与謝野晶子の伝記の物語を話そうと思ったわ』
 
  『エエッ、与謝野晶子ってどんな人でしたか』
 
  『ほら国語の教科書の、金色の小さき鳥の形して』
 
  『ああそうか、銀杏散るなり夕日の丘に』
 
  『いい歌でしょう』
 
  『はい、この歌の情景は僕の笹村部落のお墓が南に面し三、四メートルぐらい坂を上がったところにあります。

銀杏の木は下が広い田圃しかありませんからさえぎる木も建物もありません』

 『馬場から笹村に行く遠くの道路からもあれは墓と分かります。

そこに銀杏の木が二本墓を覆う様に葉を広げ茂っているのです』
 
  『まあそこの墓の銀杏を思い出すのね、笹冬君ってとてもロマンに欠けるのね。

お墓の銀杏じゃチョットね。

ま、それでいいのか、奥手だからねー、きっと晩婚型よ、あんたって、おほほー』
 
  『相かわらず多弁の桜子さん、またどうして歌人与謝野晶子なんですか』
 
  『実は私の父は短歌を作るのが趣味なんです。

その時誰の歌が好きか父に聞いてみたんす。

すると与謝野晶子と答えたんです』
 
  『へえー、物を書くより田を作れ、こう農家は言いますね。

よくぞ文芸の道を志して』
   
  『そうなんです、この笹村では仲間を作れません。

それで矢島本荘の仲間の家に時々歌会に行くんです。俳句もやっていますよ、だから句会にもよ』
 
  『桜子さん、与謝野晶子のどんな所をみんなに話したかったのかなあ』
 
  『父から教えてもらったんです、短歌も俳句も、最も言いたいことを言う。

時代に先駆けて鐘を鳴らす、鐘を叩く、時代の不合理、矛盾と戦うのが文学だ、と。反戦の詩では、弟よ死ぬな、人を殺せと父母が教えたことがあろうか、父が愛唱の詩の一節よ』

 『時代が遅れているなら歌人自ら世の中を引っ張る、そんな生き方を明治大正昭和にかけて実践した偉大な先駆者なんですって』
 
  『世の不可解に激情の声を上げる、その心詠わずして何が短歌であろうか、激しい言葉と心情は、ああ君死に給うことなかれ、戦争反対の勇気となって具現される。

動乱の時代にはこんな人がいたんですね』

 『それが歌人であり女性だったとは、驚きです。女性の新しい生き方をすでに予見し切望していたんですね』
 
  ⑼ 修学旅行

  『さあ、私達学級委員長と副委員長よ。宮城仙台青葉城芭蕉の松島瑞巌寺、絵葉書でしか見たことないわ。

今年は特別にオプション、福島の常磐ハワイは海の見えない陸のハワイだそうよ』
   
  『春の修学旅行はやることいっぱいあるのよ。先生が決めた部屋割はみんな不満よ、仲良しと分かれるなんてイヤだー、女の子は部屋割りを見て非難轟々よ。

大人は乙女心を理解しない卑しい家康型狸です』
 
  『そういう旅行のガイドや行程時間は丸山先生がガリバンで書いてくれたのよ、謄写機で印刷しなければ、それから大切なことがもう一つあるわよ』
 
  『笹冬君これ見て歌集に載せる歌のアンケートよ。

小学校の校歌、荒城の月、お正月、春が来た、春の小川、早春賦、どこかで春が、朧月夜、夏は来ぬ、我は海の子、旅愁、虫の声、紅葉、雪、冬景色』

 『汽車、故郷、浜辺の歌、靴が鳴る、浜千鳥、叱られて、シャボン玉、どんぐりころころ、赤とんぼ、赤い靴、風、夕日、揺り籠の歌、月の砂漠、夕焼け小焼け』

 『あの町この町、からたちの花、この道、大きな栗の木の下で、チューリップ、うれしいひな祭り、さくらさくら、こいのぼり、牧場の朝』
 
 『椰子の実、うみ、里の秋、たきび、スキー、めだかの学校、夏の思い出、ちいさい秋みつけた、冬の星座,いぬのおまわりさん』

 『とんぼのめがね、ドレミの歌、ぞうさん、かあさんの歌、大きな古時計、手のひらを太陽に、港、こうよ』
 
  これは日本編です、他に外国の曲も歌集の候補です。

『故郷の廃屋、夢路より、故郷の人々、ケンタッキーの我が家、金髪のジョニー、オールドブラックジョー』

 『おおスザンナ、遠き山に日は落ちて、峠の我が家、雪山賛歌』

 『アルプス一万尺、思い出のグリーングラス、ドナドナ、花はどこへ行った、アロハオエ、花まつり、久しき昔』
 
  『どう、どれも捨てがたいでしょう』
 
  『まだあるんですか』

 『日本歌謡曲編、いつでも夢を、霧氷、下町の太陽、バラが咲いた、高校三年生、高原のお嬢さん、学園広場、こんな物載せていいんですか』

 『校長の許可もでたって。

修学旅行時のみの特別許可なんてとても信じられないがうれしいなー』
 
  『そうよ、男の汗臭いムンムンする歌が多いのよ、裕次郎、佐竹、浩二、三橋美智也、春日八郎、三波春夫フランク永井水原弘、守屋浩、村田英雄』

 『田畑義男などそうよ。小林旭の流離もの、鶴田浩二の任侠ものヤクザ者、こういうのは女の子は大嫌いよ。

夢もロマンもないでしょ。だから教育の場で軽蔑されるのよ、これらは永久追放だあ』          、
 
  『それに比べ外国の映画音楽なんか、まるで夢の世界よ、知ってる、聞いたことある、笹冬君』
  『知らないのも自然の道理よね、何せ笹高村は自然の宝庫だから、オホホーっと』

  後日話しを聞いた。それは、太陽がいっぱい、ジョニー・ギター、禁じられた遊び、ブーベの恋人、白い恋人達ある愛の詩、夜霧のしのび逢い、鉄道員、追憶、雪が降る、愛の賛歌、恋は水色、砂に消えた涙,夢見るシャンソン人形、悲しき天使、などだった。

 いつ何処で桜子はこんな音楽を聴いたり映画を見たんだろう。

笹冬の学校の休みには毎日山菜取りしかしていない。

自分の知らない世界にいる彼女が急に大人びて見えた。 

  『笹冬くん、これ見て』
 
  ニコニコして手渡しをしてくれたのは宿泊先の旅館でのお楽しみ会の予定表だった。何これと目を疑った。" いつでも夢を〟のデュエット、笹冬・桜子と大きく書いていた。

 人前で歌など歌った試しがないのにしかも桜子と並んでみんなの前に立つ、想像しただけで汗が出てくる、恥ずかしくなった。

笹冬が当惑した表情でこのプログラムをじっと見ていた。
 
  『なにどうしたの、人前に立つのは学級委員長として慣れているでしょう。

 

これは余興よ、放課後校舎の裏のあの大きな栗の木の下でお二人練習しましょうね』

 『私は男性の所も歌うから、笹冬君は女性が一人歌うところだけ気をつけて私を見つめていて。男性の所を一緒に歌ってくれればいのよ,簡単でしょ。

遊びよ緊張なんてないわ』
 
  こう言っていつも励ましてくれるのだった
が、桜子をじっと見つめる、それも歌が終わるまで。

その時間は相当長く感じるに違いないと思った。
 
  『桜子さん、フラダンスもやるんですか』
 
  『そうですよ、本物は常磐ハワイのプールで水着を着て見物です。

旅館では有志の女の子十人一組で三組が踊りを手作り衣装で発表します。

期待しいていてね』

 『私達の組は薄いピンクのブラウスに紺と綠の花柄模様のパウロロングスカートに決めました』
 
  『ええっ、ややこしいですって。

服装にも無頓着様ね笹から生まれた笹太郎殿、この踊りを見たら早く結婚したいと思うでしょう。あそこは南国のハワイそのものよ。ハワイはカメハメハ大王のふるさと。

その晩にみんな女の子は王様のお嫁さんになった夢を見るのよ。

そういう訳で旅館の寝室は一般男子と普通の男の子の出入りは禁制なんですー、よ、おほほー』    
 
  快活に笑う桜子はとても仲良しのお友達です。

それからとうとう出発日になった。

二人とも大忙し。

 歌本やバスの中での飲み物サイダー、お菓子を入れた。もしはぐれて迷子になった時の集合場所など、場所と道の尋ね方、困ったときはどうするか集、本も積んだ。

 コピー機などない時代です。

担任の丸山先生は行く先の場所を書いたバスのルートの案内図の作成に追われていたが無事に出発日直前には完了していた。
 
  ⑼ バスは出発

  『二度と帰らぬ 思い出乗せて クラス友達 若い僕らの修学旅行』
 
  いよいよバスは三クラス六年生の百九名を乗せて出発しました。
 
  『うわー、見てー海は広いな大きいな,松原遠く消ゆるところ』
 
  小学四年生の時の日帰り象潟修学旅行を思い出します。

笹髙原の小学生はそれまで青い海も矢島線の汽車のモクモク煙を出してガオーンと勇ましい音の出す乗り物は殆どの子が初めてでした。
  
 バスは笹髙原、川内、矢島、本荘と象潟に向かう途中です。

三台のバスは順調に春のそよ風の中、新緑を長い車体に映らせて、春の花は子供達の楽しみのために咲いて修学旅行の今日の日をお祝いしているかのようです。

 バスの中は子供達の歓声とおしゃべりと驚きの声が入り乱れて、蜂の巣を突っついたかのように大騒ぎだがうれしい悲鳴が飛び交っています。

もうクラスメイトは感激するやらうれしいやらごった返しの歓喜です。 
 
  こんな大きな海だから恐竜もいるかもしれない。

笹冬がふと何気なく言うと、誰かが西目をすぎた、次は金浦と仁賀保の海を通る。、おらのお父もお母も言っていた、笹髙原の魚はみなこの港から水揚げして運んできて貰っている有り難い魚の港なんだと。

 バスで其処を通るときは海に向かって毎日おいしいととこ(さかな)をありがとうございますと、海の神様にこう言うんだと教えられた。

これを聞いた子供達は一斉に、海の神様ありがとうございます と大きな声で合唱した。
 
  この頃、東北の寒村笹髙原に町の魚屋は二軒しかなかった。

呉服屋も二軒。

文房具と雑誌を置いている店は一軒。

酒屋二軒。

駄菓子屋が二,三軒有ったろうか。

他は役場の支所、農協、郵便局と数えるぐらいの商店しかなかった。
 
  その時、隣の誰かが、ああそうだよ、みんながその話を聞いている、朝の店に並ぶ秋刀魚もハタハタも蛸もロウソクボッケもみんなここから運ばれてきているんだ。

此所の海岸は山里に海の幸を運んでくれる幸いの海、そして港がある。

 空は天高く何処まで行っても島も何もない大海原だが、日本海の海は漁港としてとても豊かだ。魚を食べられたからお墓の祖父祖母も太古の祖先も生きてこられたんだ。
 
  だが海は怖いんだ、農家には足で立てる大地があるが海には船以外は底なしの海の水があるだけだ。

船から落ちたら最後だ。嵐に巻き込まれて船が沈没して海に投げ出された漁師が死ぬ事もある。農家に冷害や不作はつきものとは言え、いきなり死んだりはしない。

 漁師には師という文字が付く。

 

農師とは言わない。一度海に出たら命がけなんだ。こんな魚が笹髙原まで来るんだ、安いはずはない。

こう言うとみんなしんみりしてしまいました。
 
  さて美しい車掌さんが白い手袋をして旅行の行き先のアナウンスをしています。

こんなに大きなバスにもこんな美しい車掌さんにも、乗ったこともないし出会ったこともない。

 大きな声で話したり外の景色を珍しい物 でも見るかのように身を乗り出す者、とバスの中は大騒ぎが復活しました。

  ⑽ 鳴子温泉郷

 バスのルートは、日本海を見ながら国道七号線で羽越本線に沿って南下し、象潟、酒田市に向かう。そして陸羽西線陸羽東線に沿った国道四七号線で日本列島の山形宮城を横断するようにあの有名な鳴子温泉郷を通る。
 
  笹村小学校六年生松組のみなさん、いよいよお待ちかねの鳴子温泉郷はもうすぐ見えてきます。右手の方向桜の見えているところがバスの休憩所です。サービスエリヤといいます。
 
  またどうして鳴子温泉郷をみなさんごぞんじなのですか、と若い車掌さんが聞きました。

 クラスメイトの男の子が、この鳴子は渓谷が深く一〇〇メートル位にしか見えないが本当はもっと深く、降りていっても谷底がない底なし沼の様な渓谷なんです。

 母は言っていました。バスを降りれば二人の仙人に会えます。しかしこれは町の桜祭りの仮装大会です。

 しかし谷を少しずつ降りていくと本物の仙人が十人、二十人と上を見ながらなにやらしています。谷の深海魚のようです。

 ますます降りていけば五十人、六十人といます。更に勇気を出して下の方へ降りていくと百人の仙人、千人の仙人にも会えるという伝承が有ります。
  
  『はい、そんなに沢山の仙人に会ってどうするのですか』
 
  と車掌さんは不思議そうです。
 
  『大事な話はここからです。仙人に会えば会うほど年を取るのが遅くなる、顔の皺がふえない、病気になりにくく医者もいらない』

 まるでアインシュタインが光速のジェット機宇宙旅行をしたときの再現が出来ると言う事なんです。

こう笹冬が付け加えました。

 谷底は時間の流れが地上よりとても遅いんです。

人類の一日の歩みが蟻の半歩の距離です。と言う事は距離に時間をかけあわせた、単位はミリ秒が地上の正確な時を刻む時計なんです。

 若しかしたら浦島太郎修学旅行となったりして、谷底から這い上がってきたときは、地球文明が崩壊してサハラ砂漠になっているかもね。

仙人化石物の油田が日本各地の神話の伝承の如く嘘八百ボコボコ出てきたらさぞ愉快だろうな。

 そんなこと知らないが、僕の話は続きます。
クラスメイトの男の子は言いました。
 
 『長生き健康間違いなしこう囁かれているんです。

母はせめて峡谷の写真だけでも記念写真に納めるように頼まれておくれ,そうしたら毎日拝んで幸福に過ごせるだろうから、と言うんです』
  
  丸山先生, どうしましょうかと新任の旅行補助とカメラマンの同行の教師が尋た。
 
  『いいでしょう、この風光明媚な峡谷は曾て私が学生時代にアメリカに留学した時の  赤い河の谷間の日本版は綠の河の谷間を彷彿させます』

 『幽玄この上なく日本人の感性想像力の逞しさを感じさせる。休憩し鳴子温泉郷の修学旅行の記念写真をここで一枚撮りましょう』
 
  ⑾ 青葉城

  さて、仙台に着くと観光地巡りです。

緩やかな坂をグルグル周り上りきると伊達政宗が馬に乗って今でも戦場に赴かんばかりの銅像青葉城にあります。
 
  『ねえ正宗君って何食べていたのかしら』
 
  『そんなことより,好みの女の子なはどんなタイプだったのかしら』         
 『きっとお酒も女も好きだったんでしょ、
名前からしてもそうじゃない,正宗酒、正宗姫とお土産がいっぱい並んでるもん』
 
 『ははー、正宗君のお后になりたかったとみんなの前で言ってやろうっと』        
  コラーと、とても楽しそうです  
 
  『なぜ青葉城というか知っている』
 
  『綠豊富な松、楠、橡,桜、植物花が多いからでしょう』
 
  『いいえ、地名の青葉です』
 
  『どうして人気があるのかしら』
 
  『正宗は奥州特に福島会津の戦国の覇者で、あの家康も恐れたんです。

しかし関ヶ原の戦いで不穏な動きをした為、大勝利の戦後も領地の加増を反故にされたんですよ』
 
  と口を挟んだのは笹冬だった。

よく知っているわねー。

小学校二年三年四年と何時も最後まで算数が出来なくて居残り組のトップが今は学級委員長だから変われば変わる物ネーと、からかいながら歩いて行った。
 
  ⑿ 松島、瑞巌寺

  『カモメの水兵さん 並んだ水兵さん 白い帽子 白いシャツ 白い服』
 
  松島やああ松島や、松島の観光客船に乗った子供達は大喜びです。

お菓子など手に持っているとカモメに突かれてけがをします。

 カモメ用の餌を販売してます。海に向かって投げて下さい。

このようなアナウンスがある。

カモメって大きいなあ、それになんて白いこと、笹髙原の雪のようだ。

ところで松島という島はどれなんだ。人が上陸できないような島か岩か分からない。

 私達船に乗るの初めてよ、チョット怖いけどこんな絶景見たことないわ。子供達はここでもおおしゃわぎです。それもそう初めて見る物聞く物だらけです。

初体験修学旅行の真っ最中なのです。
 
  『笹村小学校のみなさん、瑞巌寺に到着致しました。見学が終わりましたら昼食と致します。丸山先生からお話があります、先生マイクをどうぞ』
 
  『はいそれでは一言、みなさん昨日今日と仙台の青葉城塩竃、松島と色々見てきました。良かったですか』
 
  ハアーイと、元気な返事が帰ってきました。
 
  『この二日間、天気にも恵まれ車酔い船酔いする人もおりませんでした。

もちろん迷子もいません、しかしまだ旅行の途中です。無理せず我慢もしないで下さい。

笹髙原と違い此所は東北地方を代表する大都会です』
 
  『知らない人や不審な人がいたらその場から去り逃げて下さい。

他の県からも修学旅行の生徒がやってきています。

何かいやなことを言われても喧嘩をしないでその場を去って下さい。逃げるが勝ち、みんないいですか』 
  瑞巌寺の境内に入るとみながビックリしました。

この境内の広いこと、笹村の慈恩寺に比べたら慈恩寺は手の平くらい。

 だが、瑞巌寺は野球場だ。そう思いながら進んでいくと誰かがガイドさんに質問していた。

なぜこんなに広い敷地なんですか。

これでは仙台松島の遺骨を全部埋めても百年二百年経っても使い切れないでしょう。

 敷地にくまなく墓地として使用している五百戸世帯の檀家、慈恩寺を見てのことだった。

するとガイドは笑いながらこの敷地は伊達政宗とその一族の菩提寺ですと言った。

 建物は荘厳です。

内部の装飾と絵画も素晴らしいです。

初めて見る寺院の美術品の壮麗威厳にみなが驚嘆した。
 
  ⒀  茶碗蒸し

  『なんてお膳の綺麗なこと,見たこともない食べ物よ』     
 
  こう声を上げたのは桜子だった。

昼食のお膳に並んでいるのは牛タンと牛肉、アワビ、鯛、鮪の刺身だった、勿論寺院の外のレストランである。

 昆布のサラダや小豆を煮ておにぎりにしたものには、青森の国光林檎の大きさくらいでメニューには蹴鞠貴族ランチと書いていた。
武士ランチ貴族ランチの一騎打ちレストランという店名が長々と描いていた

 よく売れた方が今日の勝者、と言っても所詮仙台藩は武士の地、武士が毎日天下を取っていた。売り上げを操作するのは大阪商人から学んだ物か。 
 
 特にみんなの興味を引いたのは、茶碗蒸しというメニューのお品書きだった。
 
  早速口を開いたのは桜子だった。
 
  『ねえー桃子さん、茶碗蒸しって知ってる。

こんなにかわいらしい花柄の瀬戸物に小さな蓋がチョコンと乗っていて、なにかしら』
 
  『私の家は魚屋だけど、たべれるような虫はイナゴの佃煮ぐらいかしら、せーののかけ声でみんな同時に開けてみましょう』
 
  何時も賢い桃子はみなを見回しこう提案しました。
 
  するとクラスの乱暴者で笹冬のお友達の高橋勝治君が言いました。既に蓋を開けていたのです。クンクン、イヌのように匂いも嗅いでいました。
 
  『おい、みんなこれ見てみろ。

黄色の豆腐みたいだ、鶏肉の匂いがする、正月のカマボコもあるぞ、なんだこれ椎茸の匂いがプンプンしている、ウサギのえさに似た綠の草もあるぞ』
 
  そう言いながら茶碗の底を突いてみた。
 
  『みんな虫はいないぞ、イナゴかバッタ、蜂の子でも入っているのかと、本当にドキドキしたなー、料理は蓋を開け味わうまでは分からんな、先生の言う通りだ、都会は恐い所だ』
 
  『怖いー』
 
  女の子達は悲鳴を上げました。其処に何時も冷静な村長の娘高遠燕子花さんが登場しました。
 
  『こんな豪華なレストラン瑞巌寺亭は東北でも屈指の高級料亭よ、この茶碗蒸しの卵の味、そして蒸した鶏肉なんか食べたことがないわ』
 
  『私達の田舎では魚は高価、肉は正月にウサギの肉ぐらい、今日の副メニューの餃子なんて中国四千年の歴史よ、今日こんな料理を見て食事できるなんて夢みたい,秦の始皇帝も食べていたんでしょう』
  
  博学の人見識のある人知識人の燕子花さんの話にみな聞き入ってしまったのです。

燕子花から聞いた〃私達の田舎〃という言葉が耳から離れない。
 
 そうか僕達も私達も田舎から来た田舎者だったんだ、食べ物も文化も交通機関もずっと遅れているんだとしみじみと思った。

 同郷同村のお二人には物を見る目に雲泥の差があるのをみな痛感するのです。

燕子花さんは立ち上がってみなに元気をつけるために言いました、
  
 『みなさん、この茶碗蒸しというお料理の材料と作り方を教えてもらいメモして笹髙原に帰りましょう』

 『茶碗蒸しという料理がおいしかったと言うだけでなく、家で待っている母と家族に作ってやって修学旅行のお金を工面してくれた父母に親孝行するのです』
 
  『賛成ー』
 
  と女の子達は手を上げて大喜びです。

係の女中さんがすぐやってきて、茶碗蒸しは蒸気で蒸のが特徴ですと続けて、

 特別な専用の蒸し器でなくても、みなさんの家でお盆などにせいろで赤飯を作りますよね。

秋田のせいろは底がとても深く大きいと聞きました。あれを小型にしたものを、下にお湯を沸かし、蒸気が上に来るようにするなら何でもいいんです。

 入れ物はご飯を食べるお茶碗で十分。

用意する材料はメモに書きました。

大体このような物です。

みなさんのふるさとの蕗やみじ、山芋、栗など加えたら季節ごとの山菜茶碗蒸しが出来て面白いことでしょう。

 入れる具の野菜に決まりはないですが鶏肉は小さく切って入れるのがこの料理の特徴です。

メインは鶏肉と玉子です。

だし汁の作り方もとても簡単でみなさんお家にある調味料です。

さあ、これがレシピです。

 みなさんどうぞメモをして下さい。

こういって食事係の従業員は燕子花さんに茶碗蒸しのメモをわたした。

それを女の子達は急いで鉛筆を取り出してメをモした。 

  茶碗蒸しの作り方(三人分)瑞巌寺夢子作

卵 …二個
だし汁 …二百ミリリットル
薄口しょうゆ …小さじ二杯
塩 …小さじ五分の一
椎茸 …一枚か二枚
鶏もも肉… 五十グラムg
かまぼこ… 四切れほど
三つ葉… 四分の一ほど
 
 と、子供達は貴重な料理とレシピを頂いた。

    ⒁ 村の牛タン騒動

 しかしこの昼食のお品書き、牛タンが笹村に帰った子供達に思っていないチョットした波紋を呼ぶことになる。
 
  牛タンを食った農家の牛はやせ細り草を食わなくなり弱ってくる、その家には鍬や鉈で怪我をする人が出てくる。
 
 包丁で怪我したり、縫い針を刺したり、鉛筆を削ろうとして指を切る。

山で遭難する、嫁が来なくなる。

水が涸れる。

 こんな噂が流れていた。和牛農家は牛の舌を食ったら大罰が当たる、こういう人も出てきた。牛が舌でもって祟りに来る。

などと言うことがまことしやかに村人から村人に伝わっていた。
 
  『校長、この騒ぎを御存知ですか』
 
  村の住民はこう詰め寄った。
 
  『ええ、知ってますよ,誰が牛タンを食すれば罰が当たったり祟りがあると言っているんですか』
 
  高校長は言った。そもそもみなさんの笹村においても和牛を飼う農家が増えていますね。子牛を売れば二十万円にもなる。

出稼ぎに都会に働いて六,七ヶ月分の給料に少し足りないくらい,良い現金収入になる。

 そのため夏草を刈り冬の食べ物を蓄え藁同様乾燥させた米ぬか粗塩迄混入させて牛の食べ物と健康に気を配っています。
 
  詰めかけた村人は、弥助から聞いた、いや猪ノ吉だ、いや菅七、そうじゃない天神の金次郎だ。若しかしたら中村の三付けか。

 校長を訪ねてきた五人の村人代表はめいめい知っている者の名前を挙げたが、結局最初に罰当たる、祟りがあると言った人の特定はできなかった。

その後証人が現れ、次のように再度校長に面会に来た。
 
  悪い噂を流した主の目星がつきましたよ,富山から来たというとんでもない真っ赤な嘘つき偽トヤマがイタコと称し効き目のない薬を各家に置いたり、一年後請求にこの笹村に来ています。

 悪い噂を流し薬もどき売りの副業です。のどかな農村に噂やゴシップがよく似合う。

心にばい菌をばらまき人々の関心を引きつけ、知らぬ間に現金を出させて商品を売りつけるイタコ商法とやらです。

  イタコとは二本足で地を歩く黒い嘘つき鴎よ、と豪語している。

 青森のリンゴを売りながらイタコの副業をする、山形の花笠を売りながら、岩手の塩辛を売りながら、北海道の鰊を売りながらイタコをやっているそうです。

イタコは大もうけをしています。

人手不足のためイタコを募集中とのこと。
 
  『なんと嘆かわしい事よ,子供の夢を壊すのは何時も大人だ』
 
  校長は溜息をついた。

そもそも牛タンと言う名は日本語と英語が組み合わされている。

敗戦後仙台にGHQが駐屯した。

 肉好きのアメリカ兵に食わせる牛も鶏も豚もなく困っていた。

ここに佐野という調理人が捨てられてい牛の舌を調理の具としたところ、大当たり。

これが始まりです。

 戦後の混乱と復興期,一心太助の一心を取り太助として開業したのです。

牛を食すれば罰が当たるなどと言う流言蜚語で誰が得すると思いますか。

 ただの悪人、世と人を混乱に陥れるのが目的です。まあ古典的なテロ行為です。

彼らは古典派のテロリストです。
 
  校長は詰めかけた村民の不安を払拭したのだった。病気になれば地元のイタコに病魔退治の祈祷をまた家に不幸があれば悪魔払いの祈祷を願う。

 交通安全火事病気その他あらゆる災害災い除けの祈祷をする、この笹村にはまだまだ悪しき因習が残っていた。
 
  貧しい農家が牛を飼うのは大変な負担、重労働になってしまう。

笹冬は朝露に濡れた牛の草を背負って家に着く母の姿を何回もいやなほど見た。
 
 あの日あの時少しでも背負って手伝っていたならば、今は心が晴れているだろうか。

 牧草地も草刈り場の土地もない貧しい農家は他人の遠い草刈り場を借りる。
 
 その草を刈り背負い暗い夜の明けきらない道を通り、息を真白に吐き、露でずぶ濡れになりながら帰ってきた。

 このような過酷な労働は母の死期を早めることになった。

後年笹冬はそう思う。

  ⒂ 思い出す小さな出来事

  人の記憶、思い出とは不思議な脳の出来事か。

必ず覚えていなければならないという物ではないし、経験した中でも強烈でもないものもある。

些細な事柄がふと浮かんでくるのは驚きだ。

 忘れていないその時の思い出とその時話していた人々の声も、命じられたこともないのに時には鮮明に、また朧気に水中からゆっくり上がってくる苦楽浮遊物のように思い出される。

それは時には苦く時には甘い。

 薄い薄い記憶のミクロの紙は何億枚も人の脳細胞に重なって整然と入っている。

 時には順番にあるときには突如として、望みもしないのにユックリひらひら愛おしく舞うように剥がれ出てきて、記憶を持ち主に無言のままなにも飾ることなく過去の所業を蘇らせる。
 
  この一つに小学校六年生の時、学校から一時間ほどの田園と小さい丘とも野原とも言えないが山の麓まで遠足に行った思い出がある。

 この時の集合写真の一枚にクラス全員の写真があり、小学校が作成した手作りのアルバムに収まっていた。

 アルバムの表紙は、厚手の画用紙を縦十八センチ、横二七センチに切って閉じ方向に二箇所穴を開けシチールリングを通して全体の厚紙止めている。そんな簡素に加えページも一七枚と質素だった。

 アルバムの文字は、昭和四〇年と黒色で一番上に32Pの半角空きのセンター揃えの横書きをしている。その先頭の文字に少し離れた横と少し下に離れて小学校の校章が綠色で笹をあしらい直径四〇ミリ程の大きさで置かれて、文字の上端に合わせる様に意識した配置は安定していて丁度いい。
 
 卒業記念の文字は二〇ミリ角の文字で横書きの大きい赤色を表紙の上下の中心に全角空きのセンター揃えでまとめていた。

やや行書体でそれは堂々としている。手書きで書体を作った先生の心が伝わってくる。

 一番下には横書きの文字の黒色で、鳥海村立笹子小学校と45P半角空きのセンター揃え、計三色刷だった。

どの文字も手作りの良さが伝わってくる。

 しかし自分のアルバムで残っている写真は九枚だけで二枚はがした痕跡があった。写真がなくて埋まらない所の紙も五枚あった。

 失われた思い出の写真を何だったか、なぜアルバムから外したのか理由も行方も分からず。

しかし理由は忘れたが剥がした記憶だけがある。

 楽しい遠足の写真は既に当初の白黒が今は落ち葉色の薄茶になって時間の経過した長さを感じさせる。

写真はみな同じくそんな色になっていた。
 
  丸山先生は子供達の後方にいて右手で帽子を取りいい笑顔の写真だ。

この遠足は小学校の近郊の散策で特別だが珍しくはない。

普通だったはずだが思い出は深い。

 この遠足には鍋や食器を持って来て水筒に水を入れ、先生の指導で火を起こし枯柴をくべ、ラーメンを作った。

 みんながおいしいおいしいと言いながら食べた記憶がある。

この時の情景は写真より多くのことを思い出す。

 秋の刈り入れが終わった田圃には穏やかに西陽が射してクラスメートとの幸福な時間の中へ懐かしく浴びせている。

 カメラなど普段手にも出来ない時代の貴重な写真の一枚がここにあった。

丸山先生は笹冬の小学中学高校を通しても印象に残る素晴らしい先生だった。

 都会派の先生だった人は、宮沢賢治の〃雨にも負けず〃を全員の生徒に暗唱させていた。

東北の偉人が貧しさにまけず偉大な足跡を残した、これを詩によって伝えたかったのだろう。
 
  笹子とは川内、直根、百宅の村から構成されていた。

一番多きな村で都会とは矢島に近い川内だった。

 笹子は国道百八号線の行き止まりの地だった。

 後年笹冬は詩を書き寂れていく故郷を回顧した。

  ⒃ だれも間違っていなかった、しかし何   かが違っていた

松の木峠
標高560メートル 
鳥海の村人の悲願は江戸時代まで遡る
日本のありふれた寒村だが
由利本荘 矢島町地方と雄勝湯沢町を繋ぐ という国道の開通は
この地域の農家の究極の幹線道路となるはずだった

丁岳  水無  大平キャンプ場 野宅 丁荘 天神橋 中村橋 
笹子保育園 慈音寺 菊地旅館  月山神社  鳥海総合支所笹子出張所
JA山田 道の駅鳥海郷 
笹子赤館址  金子安部太郎城址  法体の滝 月山 
猿倉温泉 川内  矢島  丁川 笹子川 小吉川 直根 百宅
108道 57道 院内銀山 雄勝 湯沢等々

名所旧跡観光地とは言いがたいが
ありふれた田んぼにササニシキひとめぼれ秋田小町が踊る
秋の夕日に赤トンボが舞い1メートル先が見えない

川の水は名水何という物ではない
湧き水は全部飲料水 天然水に優る
地元の人は水の都お米のふるさとと言う

ブナの木を毎日切った それでも沢山残っていた
山菜も毎日採った  それでも草より多く毎日生えてきた
亡父の刃渡り90センチもあるのか
太い木を切るためかノコギリの刃から上端までも大きい
上端は緩やかな弧を描いていた80センチもあろうか 
そんなノコギリを思い出す

冬には激しく雪が降り 茅葺き屋根が見えなくなる
いちめんの雪がこの地域の農民を出稼ぎにかりたてる
春はふきのとう ネコヤナギ 堅雪と銀世界が現れる 
ここは夢の地だ


だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

山あり谷あり聳え立つ崖を切り 埋めて斜面を削った幹線道路 夢の交通網

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

由利地方と雄勝地方を結ぶ物流の拠点の地笹子地区は希望の星が満天に輝く

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

出稼ぎからも貧困からもこれで解放される 道路は救世主になる  道路の神様は道祖神

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた
                               
大企業が誘致され大学 総合病院 デパートの建設が津波のように押し寄せるに違いない 

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

過疎の町から子供若者の育つ快適な暮らしが其処に手も届く距離だ
稲穂の田んぼには金の瓦屋根がよく似合うだろう

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

将来この地の一角に東京ドーム2万個分に相当するダム建設が予定されている
鳥海山の水は涸れることがない 海水は象潟羽後本荘日本海の水がある
古代ローマ人が用水路を作って都市を完成させた 

平成の今日モグラシールドマシンで地中を掘り進めば工事もうまくいく 海水と鳥海山の自然水との融合 山の恵み 海の恵みこれらは八郎潟の再来になるだろう 過去の過ちを繰り返してはならない

ダム湖の完成の暁にはマス鮎を放流しよう ワカサギハゼ白魚年間3,000㌧の漁業資源の宝庫をこの地で復活させよう 善は急げ金のなる木はここに植えられた

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

この地はやがて大都市に成長する 新幹線 巨大な空港 陸奥最大の都市は約束されている 奥州藤原氏が見たらさぞ驚愕するのか 

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

私はこの村の長 中興の祖として1000年は顕彰されるであろう 
土木部長も加えてやろうか
藤原道長のこの世をばわが世とぞ思ふ この心地する

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

この土木工事は江戸時代から300年 地域住民の宿願だった 平成8年に竣工する

しかしこの切り通しの多い斜面の岩に院内銀山の銀が屏風襖の如く
夜陰に紛れ怪しく光るのに住民が気付く

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

誰が作ったこの道路 欲と見栄浪費破壊絶滅傲慢不遜  この地は中東のバビロンの再来になる槍剣で突き刺されないのが幸いだ 私は悲しみの箒でこの地を掃く、銀山の斜面はこう言った 

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

住民村役場共にこれはおかしいと気付く 頼みの本荘湯沢の商店が次々とシャッターを下ろしていく 

すると村の小学校 中学校 診療所 魚 衣服 文房具店 味噌醤油 米 油 塩 プロパンガス取扱店と ドライブイン ガソリン給油所 農協と見る見るうちに消えていった 
子供は生まれず若者は消えた 残った年寄りが雪下ろしのために死んだ こんな悪いニュースばかりだ

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

何かが狂っていた
壮大希有のテーマは何処に行った          おかしい こんなはずではなかった
村の墓地に木枯らしが吹き付ける今日この頃

道路は残り人は消えた
無人の道路にカマキリ トンボ カエル ヘビ コオロギ カジカ ウサギまで戻ってきた
動物 昆虫 爬虫類 川魚 植物 花この生態系が本来のこの地の有りようだった

だれも間違っていなかった、しかし何かが違っていた

誰が悔やみましょうか
歴史に悔恨など無い
歴史に過ちなど有ろうか
懺悔の値打ちが有るとしたら
これを顧みる勇気が無い 
このことのみだ

数々の失敗は来たるべき成功の妙薬
恐れず臆病にならぬ者だけが檜舞台で踊る特権が与えられよう
さあ 特効薬で
勇気のある人を讃えよう 
腰抜け臆病を嫌う
そんな風土ここに有り

町も寂れた
村も寂れた
孤高のこの山里こそ本来有るべき姿なのか

赤ちゃんもいない
嫁さんも来ない
残された老人と未婚の若者部落
この部落のセレモニーに〃無尽〃がある
村人が年2度集まる会食の儀式だが
村の豊作安全祈願縁結びの祈願も行う
厄払いも兼ねる

100年前1000年前3000,10000年前から先人は知っていた
江戸時代の人 縄文時代の祖先も弥生時代の先人もみな知っていた
働く我らに春よこい
冬に秋の農耕で疲れた体を休めよ
夏は乾いた大地に水を撒け
秋は収穫だ お祭りをして 
神社にお供え物せよ
盆踊り 秋祭り 正月 節分 桜の花見

このように縄文時代は一万八千年年も続いた
日本人は縄文時代弥生時代に帰れ  とは
今は言わないが
死んで白骨化してからでも遅すぎる事は無い

人々の思いと夢 希望 望郷
なにも変わらなかったが
世の中社会暮らしがいつの間にか変わっていた

だれも間違っていなかったが しかし何かが違っていた

  笹冬は詩をこう締めくくった。

 ⒃  ソフトボール大会

  あんな時代に鳥海村の学校の代表が一同に会するイベントにはソフトボール大会とキャンプファイヤーがあった。
 
  ソフトボール、あの時の鮮やかな場面を思い出す。.000000.

 川内のランナーが二塁から俊足で三塁盗塁に走った。

 すると笹子小のキャッチャーの高橋勝治君がピッチャーのボールをとった途端、矢のようなボールを三塁守の大場弥吉君に投げた。

 ボールは三塁ベースに盗塁したランナーの足下にドンピシャリのタイミングでアウトにしたのだった。

 ショートの守備についていた笹冬はこのアウトを見て試合は勝てる,優勝できると思った。
 
 後年他の試合の出来事はみな忘れたがこの場面は五十年以上後も思い出す。
 
  その試合は笹子小対川内の決勝戦だった。
敵のホーグランドでの試合は今日だ。鳥海の子供達がソフトボールの選手として集った。

 川内、笹子、直根、百宅の4校代表が勢揃いしている。

 笹子の子供達は川内を見るとなんとしてでも川内にだけは負けたくない,沈黙の闘士をかき立てた。
 
  川内の伏見町と呼ばれる場所は、山奥の行き止まりの地笹子に比べると都会だった。

笹子で治らない病気はこの伏見町の診療所まで来ていた。

 大都会の矢島に最も近い川内は魚屋も八百屋も呉服や文房具店雑貨屋と商店が道の両側に軒を連ねていた。

 川内の子供の家は裕福でおいしいものを毎日食べ、着たことのないような洋服や着物を買ってもらっているに違いない。

  移動中のバスの中で誰かが、川内の子供は毎日お小遣いを貰うそうだ。

なんでも好きな物を毎日買うそうだ。店に行かない日はないそうだ。

 それを聞いた子は、ええーっ  そんなことあるのか。

それでは毎日お盆とお正月が来ているようだよ。           

 笹子ではお菓子屋は二軒有るがキャラメルや砂糖入りの駄菓子を置いているだけだ。

 殆どの子供は親からお金をもらい買い物などしたことがない。
 
  裕福な川内に負けるものか、いやが上にも対抗心に火がつく。

こんな気持ちで試合に臨んだのである。

 日頃の校庭での練習に竹内先生と言う聞き慣れない名字を持つ笹子小の先生が指導していた。
 
  練習の時初めてソフトボールに多くのルールがある、これを知ることになる。それを試合のセーフとアウトの判定に使う。子供達は驚きを一つずつ多くの経験する。

 なぜ一塁ベースはオレンジと白の二色なんだろうか、そしてフェアゾーンとファルゾーンの白線の上に置かれているのか。

 選手に選ばれたある子は紅白だから試合の無事とお祝いの印だと思う、こう言った。

 いいや一塁はアウトセーフが際どい、怪我をしないように大きくベースを作りランナーはオレンジをを踏む。

 一塁手は白を踏めばお互いの足の交差をなくせる。

こうめいめい意見を述べる。
 
  バッターランナーは内野ゴロ等ではオレンジベースを踏む。

 このとき白ベースを踏むとただの通過とみなされ踏んだことにならないケースがある。

ややこしい。
 
  ダブルベースといい二色のベースがくっついている。オレンジと白だ。

 この色の境は白がファア区域、オレンジがファル区域に置かれる。

不思議不可思議に子供達は首をかしげる

 これは守備と走者が接触し怪我をしないような工夫がある。

しかし外野などに飛んだ場合はどちらを踏んでもいい。

 ややこしい、ライトゴロの時一塁アウトが起きることがあるので、ライトの正面にボールが飛んだときはオレンジベースの方を踏む。

 ライトゴロでアウトを避けるため白ベースのオーバーランをしない狙いがある。

こうもややこしい。

 ファーストがエラーした場合ボールール側に転がった場合ですが、このときは内野のプレーだとしても白ベースオレンジベースの両方どちらを踏んでも良い。

 やはりややこしい。

要は守備走塁に危険を避ける行為であればどちらを分でも良い。

このルールは1994年から正式に採用される。
 
  走塁にも野球とは大きな違いがある。

ピッチャーが投げてから塁を離れる。

ソフトボールには周りに円を描くように白線が引かれている。

 ピッチャーサークルがあり、ピッチャーがボールを持った状態でピッチャーサークルに入ったならすぐに自分のベースに戻らなければならない。

 これはピッチャー自身がボールを持っていると時のみの適用だ。

 ややこしい。ピッチャーサークルに入ったら、次の一球を投げるまではプレーが一旦止まると言うことになる。
 
  スポーツ、ソフトボールにこんなにも細かいルールが海の砂粒ぐらい多くあるのか、これじゃあ算2数国語の方がもっと易しい。

そう言ったひとは勝治君だった。
 
  この試合の笹冬は一人絶不調だった。三振とエラーばかりで良いプレイの記憶が少しもない。
 

 ⒄ キャンプファイヤーフォークダンス

  〃マイム  マイム  マイム  マイム
  マイム  ベッサッソン
 
 長畑の定時制高校が運動会に来て踊ったダ ンスです  憧れの音楽
 
 ヘイ  ヘイ  ヘイ  ヘイ!
  マイム  マイム  マイム  マイム  マイム  ベッサッソン〃
 
 長畑の定時制高校が運動会に来て踊ったダ ンスです  憧れの音楽
  
  「さばくの  まん中  笹小のグランド
 ふしぎなはなし
  みんなが集まる  山菜の夜月の雫」

夜空の星光り月も出て
キャンプファイヤーの火が燃える
鳥海の子供達 
笹子小学校のグランドで
手を取り合い 大きな輪になり 
横に円を描き 
前に花が萎むように
両手を上げる
 

つないでいた両手を
左右の友の後ろにまわし
後退していくと
再び大輪の花が開き
元の大きな輪になり踊る

  笹冬は小学校の夜の校舎を初めて見た。古い木造の歳月を経た木の色の壁板は総横框の作りだった。
 
  笹子小学校には川内直根百宅の子供達も来ていてそれはみな楽しくうれしい夜のイベントだった。

  年一度の交流会、今年はキャンプファイヤーの中のフォークダンスだった。

 ところが笹冬は音楽と踊りが大の苦手で低学年の時学芸会のカスタネットを曲に会わせて叩けなくて、役目を辞退したことがある。
 
  『なあにーその顔、笑顔で踊って、そうでないと周りの女の子に悪いでしょー』
 
  四苦八苦のフォークダンスをしている笹冬のところに割って入ってきたのは三浦桜子だった。

 笹冬の手を取って二人は仲良く踊り始めた。
 
  スピーカーからの音楽が止まるとアナウンスがあった。

 これから少し時間をいただいて丸山先生と菊池桃子先生が社交ダンスを披露しますので、椅子に掛けてお待ちください。

 こう言っているとお二人が登場した。淑子先生とは小学校の音楽の先生である。

 星と月とキャンプファイヤーの火に照らされた桃子先生は別人だった。

 みな固唾をのんだ。

真紅の口紅に濃い紫のアイシャドー。

ダンスの衣装はスポブラを身につけていた。

 お臍も丸いのが見えた、後ろの背中は白い滑らかな光沢を塗った様に輝く。

肩の曲線が美しい。

もう丸見えミロのビーナス大理石の光沢同然だ。

 下半身はハワイの娘の様に思い切り薄い布で腰を包む、くびれが衣裳を破らんばかりに薄い赤で巻いている。

 お尻も一枚布で巻いている、ほぐれたり落ちたりしたらどうなるんだろうか、みんながはらはらどきどきしている。太腿はムンムンお色気を発散した露出美人だ。
 
  タンゴの曲が流れている。
 
 そして突然、

コントラチェック〃

と丸山先生の掛け声が飛んだ。

  キャアーと、観客になった女の子は悲鳴を上げた。

 すると桃子先生のそれまで自由に動き回っていた体が一瞬止り右足を一歩後退させつま先で全体重を支え、弓のように体を反り返させしならせた。左足は真っ直ぐ前に放り投げ体は開脚に合わせて開いた。

 彼女は目を閉じ唇を半開きにし顔を夜空に向けた。

速くの世界に私を連れて行きましょう、あなたは自由に追い込み捕らえて下さい。

私は森の獣です。思う存分調理して賞味して楽しんで下さい。

私にも夢を分けて下さい、そう言っているかのようだ。
 
  女の子の歓声と悲鳴は夜空に篝火の様に燃えていた。

その夜も更けてみんな体育館で寝ていたがあの時のタンゴが忘れられない。

 大人になったら僕もやる。

速く来い来いお正月と大人に成る日が。

 ⒅ スキー

  冬の恒例行事は学校のスキー大会だった。
ある日友達の赤川静司君が講師の佐藤先生は大回転の部で日本一になり優勝した人だよ。

この笹子にスキー場などないのに。

 ゲレンデもリフトも夢のまた夢、あるのは雪の中から顔を出す雑木林と何の変哲もない山並みが続くのみ。

 村の歴史始まって以来の快挙、今風に言うなら村民栄誉賞に匹敵する。

 そのころのスキーというのは金具をつけ長靴をバンドで固く縛ったものだった。

 その為転倒した子供の靴が外れず足を骨折する事故が多発した。
 
  『うちは貧しくてとてもスキーを買えません、それに父母共にスキーで足を折ったら入院するお金もない。

こう言われています』
 

 笹冬は体育の佐藤和栄という教師にそうった。いつも無理難題を生徒に突きつける嫌な男だった。

 すると、スキー板は人から借りろ、怪我した人は一人もいない。

スキーで怪我しろとは指導していないからだ。

 昨年の秋に村長と村議会が村長の住む長畑の山の斜面を伐採し頂上から麓にスキーコースを作る工事の予算を可決した。

 今度の冬は工事の終わったスキー場の完成祝いの趣旨がある。

 そのお祝いに男子生徒は全員滑走します、と校長が約束している。

 だから滑ってくれない生徒がいると学校は困ってしまうんだよ。

こんな具合だ。

教師には生徒の夢と希望を引きちぎる奴がいる。
 
  スキー大会当日の大回転は三百メートルもあろうか、細い斜面が所々ある。

コースを外れ転倒しないように滑走してきた笹冬を下のゴールで迎えてくれた女の子のクラスメートが四人いた。

 その中に天神のキサ子さんがいた。

あの出迎えの笑顔を忘れられない。

 スキーの嫌いな笹冬をよく知っていたサキ子さんはじっと友達と笹冬が滑ってくるのを待っていたのだ。

 みんなのホッとした喜びの顔には本当に驚きだった。

自分を心配してくれていたんだと滑りを振り返り思った。

手を叩いて迎えてくれた。

  ⒆ お盆

 一年の中で子供に楽しいのは八月のお盆、それに続く九月のお祭りだった。

 お盆には屋敷に植えている小粒の盆花を切り赤飯とお菓子、酒と水を添えて先祖の待つ墓に行き慰霊するのが常だった。

 村の日当たりの良いまた見晴らしも良い地に二〇墓も有ったろうか。

墓は新しくになっても増えたりはしない。

 古くて文字も読めないもの、柔らかい石のせいか、歳月のためか空気と接触し溶けているような墓石もある。

 先祖の供養と感謝のための墓参りは子供心にも祖先の歴史と農地を切り開き生涯を終えただろうと労苦を偲ばれる。

 盆花の紫の花を切り赤飯やお菓子お酒ジュース果物と様々な食べ物を用意し、年一度だけのお盆を迎える。

今年もやってきた、時の経つ早さを感じる。
 
  町と呼ばれている所に神社と狭い境内が有り、裸電球五,六個下げてスピーカーの音量を上げて踊りのための音楽を流す。

 町の周辺の子供と大人が浴衣で踊る。

大人は編み笠で顔を覆う。

 また大人は黒の帯の布を顔に覆いひこさ頭巾と呼ばれる物を身につける。

この鳥海は松の木峠を越えると秋田県雄勝郡羽後町西馬音内がある。

 西馬音内の盆踊りは一日市の盆踊と合わせて秋田県三大盆踊りである。

 盆踊が亡者の踊りといわれるゆえんはこの黒い頭巾と編み笠の故、まるで大きなスイカを六分の一位に切った断面の形にも,月没の上弦の月にも似ている。踊りにしか使わない奇妙な笠だが不吉なことはない。

 毎年見続けてきた者には不気味さはない。

先祖がうれしくて遊びに来て物言わず踊っている、こう考え受け止めれば先祖の霊を慰める事になる。
 
 自分を知るために先祖の足跡を辿らんとしても資料という壁に当たる。

教職を定年になった兄の琴房がこれらを調べていた。

 お祭りは稲の収穫を間近に控えた御祝いで、夜店など並び賑やかだったのを思い出す。

静かな町の通りがこの三日間だけは賑やかになる。

田舎のサンバかカーニバルのように心が嬉しく弾む。。

  ⒇ 父、富蔵の系譜

  富蔵の父は亀松
1884年 明治17年3月4日生まれ 
1949年 昭和24年2月12日死去
 
 亀松の妻はアキノ
1889年  明治22年12月7日生まれ  1942年 昭和17年12月6日死去
 
 亀松の父は三四郎という。
1851年 嘉永4年5月19日生まれ 
1920年 9月7日死去

 三四郎の父は菊地佐四郎と言い、
婿養子で原田家に来たらしい 

 三四郎の妻はケサ
1863年 文久3年11月13日生まれ 
1924年 9月2日死去

 ケサの父は長作
1832年 天保3年12月6日生まれ 
      没年不明
 
長作の妻はウネ 出自は不明
 
  古い墓誌にはっきり書かれていたのを生前富蔵が整理し、長男の琴房に後を託した。

 最大の謎の人は戒名の文字、嶺桃芳春居士と言う堂々として四季を感じさせる名。天明四年三月三日と書かれた碑文だった。(天明4年は西暦1784年に当たる)
 
  この人が始祖なのか、建立者の記録がない。この人につながる物が残っていない。

不明だが墓石に刻まれた名前の文字だけが残る。もう資料がなく遡れないが、この人を囲む人達がいたはずだ。
 
  富蔵の代まで本家がサンツケ、スケジャン(助左右衛門)の屋号で呼ばれていたのを笹冬が聞いた覚えがある。

富蔵は亀松の三男、九人の兄弟姉妹がいた。

 富蔵から四代遡ったとき、意外にも写真が遺影として残されていたのは驚きだった。 

 若くして戦死した五四三と先祖を偲び笹冬は後年、このように詩を創る。

  ㉑ 私は生きる 1

大地に雹が降り刺草は死なず
雪国の屋根のトタンはボロボロ 
氷点下 台所に雪が積もっていた 
私は生きる

幼少のとある日 火事が起きた
火事で亡くなった人の家を50年ぶりに 
お盆に偲ぶ 
その遺影は少年だった 
私は生きる

理不尽と因習 
あらゆる不幸な村 
町ともに寂れた
栗を拾い売り生計を立てた 
終の棲家 今はなし
私は生きる

高校進学が珍しく 
また世間に罵られたと
父の述懐を思い出す 
農家を継ぐ者がなく 
我が家は取り壊され
田と畑だけが土地に残った 
私は生きる

いいことは うれしいことは
夏稲穂が実り 八月のお盆の頃 
秋風と蜻蛉が訪れる
縄文時代もこんな世界か 
私は生きる

郷里の兄が究極の祖先を探す
嶺桃芳春 天明四年徳川家治・家斉の頃 
236年前没す
私は生きる

キーツ イェイツ シェイクスピア
イギリス名詩選 読めど 
980円の価値なし
古典に躊躇う 
私は生きる

昭和万葉集を読んだ
昭和の万華鏡だった 
それは戦争の歴史だった
戦争に正しい答えなどない 
私は生きる

親も死んだ 愛犬も亡くした
同級生にも死んだ人が出ている 
本当なのか
信じられないが
いつもみんなが私のそばにいる 
私は生きる

父の兄弟は九人 一番末の弟が
フィリピンのラグナ湖の南 
バナハウ山で戦死
五四三(ごしぞう)は享年二四歳 
私は生きる


二〇世紀は映像の世紀という 
明治以降の二度の世界大戦と
他地域戦争、紛争による世界の死者
7466万一千人と数えた
しかし統計から漏れた民間人
粛正による犠牲者をいれれば
この2倍か 
私は生きる

人 人類 
部落市町村区郡府県 国家共同体
いつ何処で何に生まれたよかったのか
選べない
それでも 私は生きる

アジア アフリカ ヨーロッパ 
東南アジア 西アジア
中東 西南アジア 
アメリカ 南アメリカ  南極
住むに適した地はない 
楽園を選べない
それでも 私は生きる

大統領 首相 総書記 
大佐 市町村長県知事 各種議員
私は人を選べない
みないらないね
私は生きる

この世は大きな嘘との戦いである
大きな嘘は真実 真実は巨大な嘘
摩訶不思議だが 
私は生きる

敬虔な心情 信仰を乱すべきでない
何者 何物がこうつぶやいた
それもそうだと思う 
なにはともあれ 
私は生きる

あるサイトに生きている限り書く         
そういう人がいた 
それはいいが
礼節がなければ獣の駄文にすぎず 
私は生きる

恩ある人は二〇人を超えていた
その時々にした仕事を思い出す 
恩返し 何一つ出来ず
悔いと積年の憂いあり 
そう言いつつ 私は生きる

               
 ㉒ 私は生きる  2

二〇世紀は映像の世紀という
明治以降の二度の世界大戦と
他戦争による世界の死者
7466万一千人と私は数えた 
それでも 私は生きる

アジア アフリカ ヨーロッパ 東南アジア西アジア
中東 西南アジア アメリカ 北極 南アメリカ
住むに適した地はない 

それでも 私は生きる

大統領 首相 総書記 大佐 市町村長県知事 各種議員
みないらないね

私は生きる

神の過ち 仏の過ちと言えば気分を害する人がいる
しかし 過ちは正すためにのみある  
空手形に勇気を持ってこう私は言う 

私は生きる

イスラエルは地中海死海に沈むのか
イスラエルは人跡未踏の原野になるのか
私は知らない 私は生きる

この世は大きな嘘との戦いである
大きな嘘は真実 真実は巨大な嘘
摩訶不思議だが 私は生きる

敬虔な心情 信仰を乱すべきでない
何者 何物がこうつぶやいた
それもそうだと思う 
なにはともあれ 私は生きる

あるサイトに生きている限り書く         
そういう人がいた それはいいが
礼節がなければ獣の駄文にすぎず 
私は生きる

恩ある人は二〇人を超えていた
その時々にした仕事を思い出す 
恩返し 何一つ出来ず
悔いと積年の憂いあり 

そう言いつつも 私は生きる

 
 ㉓ 鳥海の思い出す事

  笹冬の幼年期の頃も中学生の時も川は綺麗で生き物が沢山いた。

カジカ、鰌、ヤマメ、カニもいて川の石を持ち上げると沢山生息していた。

 春はチョウチョウ、夏はオニヤンマ、秋風の穏やかな収穫前の田園の夕方は赤とんぼで空が真っ黒になった。

 春は子供でも蕨ゼンマイを野山に採りに行って遊んだ。山葡萄も通草も栗も思いのまま取ることが出来た。

この頃の笹冬は最も豊かで代えがたい自然の中で過ごすことになる。
 
  恵まれた自然の中でその実りに感謝するのがお祭りだった。盆踊りとはうって変わり神社の前に大きなステージを作り、国定忠治清水の次郎長などの仁義物に拍手をしていた。

実に人間臭い催し物だ。

 電球の明かりをがんがん照らし、スピーカの音量も楽しそうにボリュームを上げていた。一つ金は一千円也、と。

 ああまたまた〃一つ金は一千円也〃と寄付金をしてくれた人の名前を呼ぶ、佐藤長治郎様岡野金治様などと、御礼(おんれい)申し上げますと大声で締めくくる。
 
  普段は子供の通学と村民が魚を買いにくる道路が、村民しかいないは笹子にどこから来たのか見たことのない大人が大勢いた。

 インチキや怪しげな商売をしていて、その店の前には人と人の行列で身動きがとれないぐらい混雑している。

 道の両側にはテントや屋根を張った金魚店やオモチャやそして綿菓子や雑貨屋お菓子屋があった。

 年一度の晴れ舞台のように町の空気が変わる。祭りの太鼓も笛も歓声も遠くまで響き渡り夜空の星が月が瞬く。
 

  ㉔ 正月

  お正月は家庭内のお祝いだが幼年の頃はこの鳥海に不思議な風習が残っていた。

それとも盆礼のお正月版で一般的な挨拶だったのか。

 最も近い親戚の家にそれも大雪の頃" 正月礼”と称しお菓子とスルメ昆布を風呂敷に包み挨拶回りをする。挨拶を受けた家は同じようにその人の家に来て返礼の訪問をする。

 親戚が多いとお祝いのお酒で大人は酔い潰れてしまう。

今ではいつからともなくこの習慣はなくなってしまった。
 
 笹冬の母は正月には何時も古いが天照大神が真ん中に立ち、左右に鹿に乗った老人の掛け軸を取りだし掛けていた。

 真ん中の左右にはそれぞれ春日大社八幡神社と縦の文字で堂々と書いてあるお正月用の掛け軸だった。
 
  お正月には搗いていた餅を小豆のスープに入れたり納豆餅にして食べる。

また滅多に魚など普段はないのに、年越しとお正月は鱈のお吸い物も畑でとれた葱を入れて食べた。

 お正月は何とも言いようのない格別な味がする。

魚の骨を見るなんて何日ぶりか、お正月ならではだ。
 

  ㉕  中学時代  1

  文化祭の時だろうか。

芥川龍之介作の″三つの宝”という劇をしたことがある。

王子様役には大友春子さんにお願いした。

 お姫様は三浦桜子だった。

あらすじは三つの宝を廻る物語だが、笹冬は監督の係をやっていたら劇の台詞をみな覚えた。

それは自分自身の自信につながった。   
 
  今思えば中学の三年間はさまざまだことがあったのだろう。

小学校の仙台から東京への修学旅行の白黒に印刷されたアルバムがそれを語る。

 二重橋皇居、羽田空港日光東照宮での集合写真が残る。写真はないが日本橋三越デパートにも行き、また日比谷の日劇にも行って踊りを見た。

 修学旅行の感想文で天神の小沼ミツ子さんが、足を上げて踊っていた。

そう表現していた作文の得意な人の印象が今に残る。

 宿泊は文京区の本郷だった。

この古い旅館での自動販売機で買ったコーラを初めて飲んだ時の味は薬のようで忘れられない。 


  ㉖ 中学生時代2

 もう一度生まれ変わらなければ神を見る事も天国に入る事も出来ない、こう教えるは聖書の中の話し。

中学の年齢というのはこれに似ている。

 小学生の頃より遙かに視野が広まる、自分の言ったことも人の話しをも良く理解できる、本も小説も多く読む、ラジオの音楽を聴いて歌う、ああ良いなと好みの物を選択出来るようになる。   
 
 好き嫌いがはっきりする。

身近な天地もありふれた山も川も田園風景も昨日と何一つ変わっていないが、子供達の物を見る目が大きく変わり成長している。  
 
  小学生時代の成績劣等生は中学三年生の時は生徒会長に選ばれていた。

また中学二年の時は佐藤美代子、小沼哲朗は笹冬の父の妹の子供達でいとこ。

笹冬にはミワとイエの親しくお世話になる叔母の二人がいた

 ミワの子どもが生徒会長、イエの子供は副会長を占めると言う快挙まで成し遂げた。

そして加えて富蔵の笹冬も選ばれていた。

これには親戚もビックリした。
 
  中学生の笹冬にはグループ班長とか学習委員長とか学級委員長など数えたら十を超えていた。

そんな中での思い出は中学二年生の時のブラスバンドが創設されたときのこと。

 今まで教科書でしか見たことがないトランぺット、トロンボーン、チューバ、クラリネット、太鼓、シンバルとみなキラキラ金色に光り揃っていた。

 笹冬はクラリネットに落ち着いた。

みな自分に適する楽器を探し希望も入れて音楽の先生に相談していた。

みんなが楽器を手に息をいっぱい吹きこみ音が出たときは笑顔だった。
 
  " 士官候補生" この歌は五〇年以上経ても覚えている。驚きだ。

 運動会に登場しチョウチョウを演奏するが不慣れ故少し音楽は崩れていた。

みなそのことを分かっていて演奏後苦笑いをした。 
 
  冬には力も強くなった子供達は雪像の城、潜水艦など体育の時間に作って楽しんだ。

 また相撲大会が学校の行事としてあった。神社の前や校舎の土俵で競技をした。

笹冬はこの両方の大会の三人抜きで優勝した。

 キサ子さんも桜子もこれには驚いた顔をしていた。

中学生というのは何もかもが急がしくなった。

 みんながそうだ、顔の表情もあの幼さからはっきりしてたくましくなり、かしこくもなる。豊かになった表情が明るい未来と希望を将来の夢を感じさせる。
 
  中学を卒業して世に出て大成し成功を収めた同級生はいるのだろうか、かつてあの卒業式以後は一度もあっていない友もいる。

 旧いアルバムを見つつ懐かしんで詩を作る。                          
 


  1部 古いアルバムは滲んでいるが 今は何とも言えぬ手触りがする

親戚の富雄さん 快活だった

親戚の晶和さん 平の沢の人  物事を静かに考える人だった

親戚の広助さん 小柄でおとなしかった

親戚の辰和さん 地元で農業をしていた 村でエレキギターを最初に買った人か

親戚の安雄さん 卒業後良く会いに来てくれた

親戚の秀雄さん 小さい笛を吹いていた

親戚の米一さん 小6の時 雨にも負けずをみんなの前で 私と二人で朗読した

親戚の清栄さん 小柄で優しく人を見つめるタイプだった

親戚の三津男さん ソフトボールでベースランニングが得意だった

親戚の武男さん 良くお菓子を分けてくれた.
通草をとりに山へ行った

親戚の勝彦さん よく自分に話しかけた 船員になる学校に行った

親戚の輝男さん 数学が得意だった 家はお菓子を売っていた 

親戚の繁夫さん 生徒会会長に立候補したら手伝ってくれた 近い人だった

亡くなったという勝治さん ソフトボールのこと 塗装工のこと 命を絶ったとの話
話と思い出は尽きない かつての日々常にあなたがいた

作者の私よしは みなを思い出す

親戚の隆さん お化けの話が好きだった

親戚の二三男さん 良く覚えていない

親戚のシゲ子さん 町の魚屋さん 勉強が出来て快活だった

親戚のハツヨさん 小柄な人だった いた

親戚のみえさん 快活でスポーツが得意だった

親戚の香さん 背が高く成人式では大人びていた

親戚の淑子さん 地元の旅館屋だった とても気品のある顔にそして笑顔が心に残る

親戚のハマさん 小学の時 お化粧をした最初の人でした

親戚のエミ子さん どうしても思い出せません 大凹とはどこか

親戚の喜久美さん 小柄でした

親戚のキサ子さん 大柄でした学校の帰り好く合いました

親戚の惠子さん どうしても思い出せません馬場の人

親戚のヒデ子さん 小さくてとく動いてました

親戚の智子さん どうしても思い出せません下ノ宮の人
      
親戚の仁子さん 高校の時山奥のあなたの家に米一さんとバイクで遊びに行った夏は愉しかった

親戚の洋子さん 目がくりくりしてました

親戚の文子さん 私とおなじ村の人

親戚の道子さん  お父さんは村長 とても丁寧な人でした

親戚の良子さん どうしても思い出せません 瀬目の人

  親戚のサトさん 習字の墨で衣服を汚してしまいました ゴメンネ

親戚の静子さん 高校のお盆キサ子さんと家に遊びに行きました 楽しかった

 2部 古いアルバムは 何かを話しかけて来るようだ

親戚の静司さん 最も私の近くにいた人 快活で色んな事を教えてくれた

親戚の好男さん 小柄な人でした

親戚の弥吉さん ソフトボールでサード 僕はショート 丁寧な個性が心に残る

親戚の正弘さん 思い出せない 橇連とはどこか 今も分からない

親戚の光治さん 小柄な人でした

親戚の久一さん 会話能力のある人 卒業後遊びに行きました

親戚の建二さん思い出せない

親戚の秋由さん 喧嘩したら上着をおいて帰ってしまった
それを真夜中に届けに行ったら綺麗なパジャマを着て出てきた

親戚の重男さん  何か言いたそうに横目で人を見つめる人だった

親戚の雅春さん 自分にクラシックギターを最初に見せてくれた人

親戚の久円さん 小回りのきく人だった

親戚の務さん 背が大きく父親は土木業村会議員で度々学校の祝辞の挨拶をしていた

親戚の久和さん 心に残るいい人でした

親戚の清孝さん ソフトボールで私をキャプテン キャプテンと言っていた いい人

親戚の隆雄さん 素朴な人

親戚の正行さん 目立たない静かな人

親戚の智恵美さん 名前を呼んだことがあるが思い出せない

親戚のハル子さん 高校を卒業する三月バスで会った。電話交換手になりますと言っていた。

親戚のノリ子さん思い出せない

親戚のキク子さん  成人式の二次会の会場で笹冬の隣で社員に映っていた。大人びていてとても良かった。

親戚の洋子さん 目のくりくりしている人、卒業後何かの同級会で会ったような気がする。

親戚の八重子さん スポーツが得意 長畑の直子さんといつも一緒だった

親戚の照子さん  名前は知っている 小柄なあの人と思う

親戚のマツミ全く思い出せない

親戚の泰子さん 学校の交通弁論大会で 私達は国民の花 と言ったのが印象に残る

親戚の修子さん 顔も覚えているが 余り話す機会が無かった

親戚の洋子さん この名前は二人いる
あの人なのかと思うが記憶が朧だ

親戚のスミ子さん 同じ村の人 バレーボールのアタッカーだった

親戚の長子さん 思い出せないが町のお菓子屋さんだったと思う

親戚のハナ子  天神の方から来ていた良く道の側の我が家の前を帰校する姿があった

親戚の幸子  確か農協の職員だった同じグループで机を合わせて勉強した

親戚のトエ子さん 同じ村の人 いち早くテレビを買った家でした

親戚の邦子さん 金歯が光るときがあった

親戚の直子さん 八重子さんの仲良し色白でチョット大人ぽい

親戚のとよ子さん 同じ村だが話す機会はなかった

親戚の祐子さん 思い出せない下笹子の人

 3部 古いアルバムは 私の知らなかったことを思い出させる


親戚の春生さん 温和しい人

親戚の健夫さん 温和しい人

親戚の定美さん 地元の定時制の帰り見た 丁寧な人だった

親戚の秀栄さん 記憶にないが名前は聞いた

親戚の照雄さん 父が照國のファンで照雄になった こう言っていた

親戚の政男さん 思い出せない

親戚の清和 名前顔も覚えているが話した記憶が無い

親戚の勇さん 中学のお別れ会で ブルーシャドーを歌った

親戚の太喜男さん 同じ村の人 多くの思い出がある

親戚の儀明さん 中学で就職したがその後が気になる いい人だった

親戚の了さん 賢そうな人でした

親戚の則男さん 良く覚えていない

亡くなったという秋男さん 小柄で良く動き話す人だった 家の前を大型ダンプが砂利を運んでいたその運転手は彼だった  平成間近という
 

親戚の良春さん 本家の親戚 大型トラックを名古屋から持ってきたことがあった

親戚の光栄さん ピカピカのスキーを買っていた

親戚の三津男さん 勉強が出来て丁寧な人でした

親戚のチエ子さん  覚えていない

親戚の由美子さん  覚えていない

親戚のトミ子さん 覚えていない

親戚のハル子さん 三つの宝芥川龍之介作 の王子様役でした 楽しい思い出ありがとう


いつもいつも通る夜汽車

私の夜汽車は 鼠ヶ関
昔 鼠が終点で降りていると思った

私の夜汽車は 学校に行く山道
山葡萄 通草をとって食べていた
冬3月は堅雪の朝 雪の上を歩いた

私の夜汽車はメランコリー
メランコリー メランコリーと
座って歌っていた

私の夜汽車は 三つの宝
中学の時の童話の劇
王子様は女の子が演じた

私の夜汽車は
遠い町を教えている
遠い昔を教えている

私の夜汽車は言葉だろう
神秘的な意味 力は無いが
言葉は励ましを与えてくれる
 
お別れと終わり それも続き
親戚の奈美子さん 今でも顔の表情を思い出します 近くにいた人です

親戚の知津子さん 思い出せない

親戚の精子さん 私は米一さんが好きです と告白一号の栄誉に輝く

親戚のミツ子思い出せない

親戚のミネ子思い出せない

親戚のチエ子思い出せない

親戚の寿美子さん 名前を覚えているが顔を思い出せない  天神の人か

親戚のヒサ子さん  思い出せない

親戚の泰子さん 思い出せない

親戚のレツさん 思い出せない

親戚のよし子さん 無口名な人だった 我が家の隣に嫁に来ていた

親戚のさよ子さん 思い出せない

親戚の久美子さん 顔も声もその姿も覚えている 森の熊さんだった

親戚のヨリ子さん 思い出せない

親戚の令子さん この漢字を見るとあの令子さんでないのかと思う
小中と一番顔を合わせ話をしている 
今は神奈川三崎でどうしてますか

  この様に記す。

 時は高度成長時代の真っただ中、教師は言う。君たちは金の卵と呼ばれている。高校に行かなくて集団就職し、頑張って社長になった人はたくさんいる。

 これをきんのたまごというんだ。

要は人手不足のため就職してわが社に入社して欲しいという会社・企業が我が笹中にもたくさん来ているんだ。

担任の声は熱を帯びている。

 一〇九人の卒業生で普通高校に進学は五人ぐらいだった。

昭和四〇年の三月のことだ。他は地元の農業定時制高校に、十人ぐらいで家業の農業を継ぐ。

残りはほとんどが県外の集団就職の人だった。

二十人ぐらいを除きみな都会に行った。

北海道の農家のお手伝いは姉の智子が行ったことを思い出す。

見知らぬ土地で労苦があったと今になって思う。
                                
 他界したというの真貴子さん。なぜか高校卒業後か町で出会った時に、遊びに来て下さいと地元の言葉で話していた。笑顔を思い出されるもののとても寂しそうだった。 

 中学の同級生は一〇九人だった。小学校の時二人が転校していった位だから小・中学と九年間顔会わせて勉強した仲間でもある。
 
 偶然とはいえこのような寒村にお互い生まれたからみなに対する思い出が深い。

都会ではあり得ないだろう。
 
  みな同級生との思い出は体育祭、学芸会、文化祭、クラブ活動、修学旅行と楽しい日々はあの校舎の外壁の板が横に重なり並ぶ横框工法の板の連続のようだ。旧くて頑丈、いつまでも朽ちることがない。

日は沈んでも朝日の昇るときは来る 1

 ⑴村の診療所

  『お子さんのこれ、左腕どうしましたか?
膨れ上がっていますね』
  『肘から上腕部が、こんなにも』
 
 笹冬の母が診療所の女医に言われたのは一
週間前かそのぐらいだったと思う。
 
  昨年冬に笹冬の母の主人は姥井戸の山で冬の木の切り出しをしていた。

しかしスチールロープ用の電動整列巻機(ウインチ)のワイヤーロープが切れてしまった。

 そして右足にそのロープが直撃し、瀕死の重傷を負い入院している。
 
  長男の琴房は生来病弱で、腹病みという内臓の疾患で西馬音内の片岡医院に入退院を繰り返している。
 
  診療所を後にして、母の金子はため息をついた。我が家は病人だらけだ。

今度はこの子の肘の上が膨れてしまった。

ネコに引っ掻かれ手の傷から黴菌が入った、上腕部の裏側を切って膿みを出す切開をするように言われた。
 
  もう家に帰ってもお金も明日食べるお米もない。

こうなったら再び中台の村にいる遠縁の七郎さんに頼むしかない。こう母の金子は笹冬の手を握り帰り道を急いだ。
 
 『そうか、手の傷から黴菌が入った?猫に引っ掻かれたって、仕方がないなあ』
 
  中台の七郎さんはいつものように笑いがら話した。そして、金子にお金の工面をしてくれることを承諾してくれたのだった。
 
  長男の琴房には学級費のお金を得るため朝早く栗拾いをさせた。

朝露に濡れた牛の草も背負わせた。

貧しいこともあったが、病弱に拍車をかけてしまった。
 
 金子はこの貧しさと、主人と長男のことを考えると心が暗くなった。

今度は、笹冬の腕の膿も取り出さないと腕が腐りなくなると診療所に言われた。

 次から次へと病人が増える。中台の七郎さんは大恩人だ。

困ったときはいつでも笑いながら引き受けて助けてくれる。

金子はホッとしながら家に着いたのだった。
 
  ⑵祖母の幸江

 笹冬の母金子は山毛欅渕というところからいまの笹冬の父の富蔵のところに嫁いできた人だった。
 
 金子の母で笹冬の祖母は度々金子を訪ねて、トボトボ杖を突いて腰を曲げ、歩いて家に遊びに来た。

バスもタクシーも車もない時代のことである。

朝出ると三,四時間もかかる。
 
  笹冬はこの年老いて腰を曲げ、杖を突いて大汗をかきながらやって来る優しい祖母が大好きだった。

んば、んばと言っていつも出迎えていた。

  『んば、えぐきたな』
 
 こんな風に母が笹冬に挨拶するようによく言っていた。

笹冬の祖母は、幸江という名前だった。

父の祖父母は長男の琴房がおぼろげに知っているぐらいで、末っ子の笹冬には、この祖母が祖母という唯一の肉親だった。
 
 或日のこと、夕方になっても母も兄弟達も家に帰っていなかった。

 小学校進学前の笹冬は父の富三の為にご飯を炊くことにした。

しかしいつも焚いている釜が探しても見つからなかった。

仕方なく普段煮物や茹でものに使う鉄製の鍋を取り出してみた。

 これはいつもご飯を炊く釜じゃない。

鍋の底がお椀の形をしている。

ご飯の味にうるさく細かい父が怒るに違いない。そう考える気持ちが暗くなる笹冬だった。
 
 ところが笹冬のそんな心配をよそに、祖母はニコニコしながら囲炉裏端に枯れ枝を真ん中に集め、杉の枯れ枝に火をつけると其の煙と火が鉄鍋の底に当たった。
 
 この時代は集落の家の殆んどが茅葺き屋根だった。

笹冬の家はえを特に家の作りが質素だった。

屋根の形は外から見れば寄棟造りだが寄棟の短辺と長辺が際立ち屋根の勾配も急だった。

 梁垂木棟木と木造軸組みはしているが垂木に野地板や捨て板がなく家の中から茅の束が剥き出しに見えた。

天井板の内装材は元より無くうえを見上げれば4角錐の頂点の様に見えた。
 
  ⑶茅葺き屋根


 そのため家の梁と言わず戸棚障子戸板さては屋根裏の茅葺きまで黒檀に油を引いたように綺麗な色を出していた。

村の人が来ると、この色にみな驚いてしまった。良い色だ,薪の煙だけでこんないい色に光っている、こう言って褒めて驚いて帰って行ったものだ。
 
 そう喩えれば、縄文時代の家屋が土台の石と土台を置き地中から持ち上げたような格好に見える。

地中を掘っていないだけか。居間応接室を仕切る戸板と障子の間仕切りの上の梁は巨大だった。

 梁の背は三〇センチもあろうか、そしてその長さは四間も有ったろうか。父には自慢の梁だった。ガンタ(木回し)を使い川に筏のように下流の岸まで流して、それから雪道を馬に引かせ引きずりながら運んだ、こう苦労話を懐かしそうに話していた。

 黒炭色の薄暗い部屋の中に囲炉裏があった。囲炉裏は大きく四尺ぐらいだろうか、正方形をしていた。他にあるものと言えば裸電球一個と小さなトランジスタラジオがポッツリとあるだけだった。
 
 その部屋の中には父が心血を注いで設計した食器棚があった。

居間と厨房側から食器その他小物類と諸々のものを収納出来る様に作っていた。

 二段式で戸板は片面二枚二枚の二段、片面四枚、両面で八枚有り、一段目の戸板の下は全部引き出しになっており八個あった。

 それは貧しい家にしては不釣り合いにも見える多機能型の食器棚だった。

 そのほか居間側から見て一番左側に幅四五センチ高さ九〇センチ位の丁番で吊り下げたドア式の収納棚を二段にして作っていた。
 
 その上は引き出しで御祝いの時の記録を丹念に書いた長い帳簿などが入っていた。
 
 又、その下の丁番タイプの扉のスペースだけは鉋や釘など父の大工道具を入れていた。
 
 合計、横幅二間半、高さ六尺も有ったのか。

薄茶色で塗装をしていたがこれも囲炉裏の煙で黒檀色になって豪快だった。

この家を訪れた人々はこの食器棚の偉容にもただただ驚いて帰って行った。
 
 この貧しく質素な家はいろんな物を詰め込み農家の住まい兼倉庫作業場だった。

まず目につくのは、家の佇まいが遙か遠方に月山が正面になりよく見える田圃の中だった。

 離れてはいるが近方の三角形の斜面の山を背にして玄関先に家畜小屋が家と繋がってあった。

 家畜の存在は母の命を縮めることになった。

毎朝早朝、朝露に濡れた牛の草を母が懸命に背負って家に来るのを見た。

 あの牛さえ飼っていなかったらよかったのに。母の体は朝露にどっぷり惨めなくらい濡れていたと後年笹冬は述壊した。                 
 家には農作業用の小屋というものがなかった。稲刈りが終わり、木のささの骨組みに乾燥させ終わると、稲の穂のついた束を家に入れた。

 そして次の作業に入る。日中から脱穀機を足で回し、夕飯が終わるとまた母は夜通し脱穀作業に追われた。家の中は稲穂やら籾やらでゴミだらけになった 

 持っている田圃は三反三分と分家のために少なかった。

しかし子供四人と両親を支える貴重なコメが出来た。
    
 笹冬の幼年時代は両親のコメ作りと共にあった。後年笹冬の思い出に去来する出来は、貧しいながらも辛苦が懐かしさに変わり、我が家の食料とするために稲を育てた父母の仕事を誇りに思わせた事だった。

  ⑷田植え
 
  『風呂に種もみを寝かせるから今日から風呂はない。

一週間は鍋に湯を沸かし風呂代わりに使え』
 
 と父が言う。風呂を十五℃か二十℃ぐらいにして種もみを発芽させる。

父はきめの細かい麻袋を風呂に入れた。ああ今年も田植えの季節がやってくる。

ああ、とは春を告げてくる嬉しい出来事だった。

 米作りの農家にとってこの季節は皐月風が吹きオタマジャクシと鰌がうようよしていて、この恒例行事を雪が解けた黒い土の上で、愛おしいように見つめる。

虫という虫草も一斉にぬるいに水を張った田圃に現れる。

 間もなくカエルの合唱も始まるのだ。

季節が生きものにとって空気が和らいでいいのだろう、村人は晴れ晴れしい顔で行きかう人に挨拶する 。
 
 『早く上がれ、家で休めじゃ』
 
 暗くなり人の顔が見分けがつかない中で、そばを通りかける人が田の土手の上で作業をしている村人に声をかけ過ぎて行く。
 
 田植えが始まったら桐の葉でくるんだきな粉ご飯を食べられる。

笹冬は待ち遠しくそして嬉しい気持ちになった。お菓子などは盆と正月ぐらいしか見たことがなかった。

それもとても質素な物だった。

 きな粉の匂いと桐の葉の絶妙な組み合わせ、そしてその下に真白なご飯が乗っている。

ああいい季節だと、笹冬には長い冬から目覚めた笹高原の寒村に限りない幸福が始まる季節がついにやって来たと思えたものだった。
                               
 父は発芽した種籾を取り出し、満々とタップリ水を入れて用意しておいた苗代二枚田へ畔を伝い回りながら丁寧に蒔きはじめた。

水をはった苗代の細かい土は水の中で澄んでいてとてもフワフワ柔らかそうに見える。

 二十日ぐらいで苗の先が水の中にありグングン伸びて水面を超えてくる。もう十五センチはあるだろう。
 
 水を湛えてきめの細かい黒い土色だった苗代が突如としてある朝、柔らかな薄い緑色の苗床に劇的に変化している。

そしてみんな同じ高さで整列するかのように生えている。

 とても不思議だ、美しくこの世が天国に変わったのか、華やかだ、この一面の緑、命の息吹が遠くからも家の窓の戸を開けてもどこからでもみえる。

 この笹高原の戸数は三百戸ぐらい、みなこの景色を心から待ちわび、厳しい冬に堪えてきたのだ。

 ここは丁川の上流の平地だが遠方には姥井戸、丁岳,月山と行ったことも登ったこともない山形県境の山々に囲まれている。
 
 後に笹高原小学校に入学すると校歌の冒頭には、
「鳥海の山に抱かれて自然の教え漲るところ、以下略」
 
 このような校歌の歌詞があった。

笹高原の子供達はこんな環境で育っていた。
   
 大人は大人で漸く出稼ぎから帰り自分の畑、田圃を耕せる喜びに満ちた輝かしい顔をしている。

 あの鉛色のうつむいた表情とボツボツ交わす言葉は春の到来と共に消え去った。

村人が年間行事で五穀豊穣を祈願し祭るのは自分の土地で働ける喜びを表している。
 
 出稼ぎの夫の留守を守る女達は三月の堅雪の頃には橇で牛や馬の堆肥を運びに忙しい。
日焼け防止のためモスリムの女達のように顔を黒い布で覆い目だけ覗かせている。

 真っ黒な布を顔に巻いて髪は白い布で巻いている。

両手には軍手をし三月の堅雪の反射する雪焼けを防ぐ作業着の一つだった。
 
 運んできた堆肥を鍬で切り手袋の手でまんべんなく雪の上に蒔く。

こういう作業は田がとても広く感じる。

田が欲しい、面積が欲しい。

積年の願望は何処吹く風か。女たちと老人には重労働だった。

雪の上をスルスルすべる橇はとても役に立つが。 
 
 馬橇はこの時期の農作業に無くてはならないものだった。

スキー板を二つ並べた木の先を反り返し木の裏にトタンを張り折り返し釘で止める。

子供の橇もみな同じ作りの構造だ。

この運搬車両機器は冬の山仕事にはか欠かせない。
 
 そういうこともあり馬には特に愛着がある。

村人の農作業を手伝う命の動物だった。

笹冬の家は馬を飼う資力などなかったが、本家には農耕馬が永く飼われていた記憶がある。

 大きな息を吐き優しい目、人間の手伝いを運命の様に命じられていた。

笹冬はこの大きな顔と大きな鼻を持った馬を見るのが好きだった。

この従順な目、性格どれをとっても馬ほど人の役に立ち働いている動物はいないだろうと思った。
 
 後年馬の思い出の詩二編を笹冬は作った。

  馬を讃える

 馬ほど人に
 忠実で
 働いた動物を見たことがない
 
 冬の山の斜面から
 灌木を引きずってくる
 
 優しい眼差し
 悟りを開いたような瞳

 大粒の汗を流し
 大きな白い息を寒風の中に吐く
 
 優しい顔が
 優しい性格が
 品のある体型が
 忘れられない

 馬はその生涯を
 終えるその時は
 年老いて無理矢理殺される
 涙を流し
 己の最後を悟る

 一声生涯最後の
 ヒヒーンと泣き声を上げ
 体が崩れ
 地面に
 静かに横たわり
 死んでいったと
 村人が話していた

 後日
 皿に盛られた
 一塊の
 血のついた肉が
 その馬の馬肉だった

 この悲しい馬の運命を
 語らずにいられようか


  馬よ己を誇れ  

馬よ
優しい性格よ
生き物の頂点に立ち
己を誇ることがない

僕は見た
農耕馬として
人の命をどれ程救ったことか

偉大な生き物
己を誇れ

人々の暮らしを支え
  村人の命を守った
  
果てしない海
限りない宇宙銀河にも似て
みな尊厳をもって
馬という
人間に近い
最も近い生きもの
馬を讃えよう

  一行の詩は一〇〇行の小説を凌駕している。
詩の一行は森羅万象を言い尽している。
 
 牛は牛でこれも農耕に無くてはならない。雪解けの田圃の土を掘り返す時、この動物の力と能力が必要だった。大きな鍬を牛が専用の鍬を引き土を掘り返す。

 この作業は何にもまして力と根気のいる稲づくりの困難の頂上の様だ。

馬肉と和牛を食べたものはこの笹冬が無念を晴らし成敗します。

安らかにお眠りください、と生きている牛と馬に向かい両手を合わせた。

 牛馬の助けで田を起こし、代掻きをする。人の命をどれ程助けたことだろうか。

牛馬に平安あれ。

草取りはまだ便利な機械がなく人力に頼り手で引き抜くしかない。

炎天下が迫る中の辛い農作業だ。
 
 米作りとは土作りと古人の言い伝え、父はいつも窒素窒素、燐燐カリカリと母に言っていた。

苗代の柔らかい土には微生物とバクテリアが豊富でなければ若い苗が病気になる。

 極寒の東北こそ悪い病原菌を殺してくれるありがたい寒さだ。

田圃の土づくりも然り、畑の様に水を通したら水田にならない。

下に粘土質の土を引き水が浸透しないようにしている。
 
 稲を植えていく目印となる水田への刻印は父がやっている。

二〇センチ正方形ぐらいか、苗を植えるラインを木で作った六角柱の農具を押し回して苗代に刻印をしていく。

水温は一五度くらいか、田植えが終わったらたっぷり暖かい水を入れる。

 この水はとても重要で稲の生育の良否を決める。

日影の田圃や高地では収穫が半分にも満たない。

それ故稲のできは毎年よくない。
 
 農作業の忙しさと山の頂の春の霞、なん百年も前からこの農家の暮らしが村民にあったのだろう。
 
 母の金子は左手に若い苗をつかみ右手では素早く丁寧に田圃へ植えていく。

あれよあれよという間に田圃の真ん中まで前進してる。

笹冬は母に苗の束を懸命に投げ渡している。
これはお手伝いなのだ。

 大きな農家や広い田圃をもつ農家は手伝いを頼み、田植えの時期は稲の成長を見込んでみな揃えて成長を合わせようとする。

そうでないと稲刈りの時期がずれたり害虫駆除の時期がまちまちになり、バラバラになるととても不便になる。

 そのため大きな農家は、日当を払い小さな農家の田植えが終わった頃に手伝いのお願いに来た。そのため母はよく笹高原の近所の家の田植えに出かけた。

 サキえさに行く、サキえさに行くと言うのが母の口癖だった。

サキとは多くの田圃を持つ地主だった。
 
 『夕飯に呼ばれているから、これから出掛けるよ』
 
 母はそう言って家に帰るとすぐ着替え、髪の手入れをして、手伝いをした家に出かけた。

夜家に戻ってきた母は一日の働きを終えた満足感だろうか、横になって休んでいた。

 その晩の食事に、お魚が出たことやお吸い物がおいしかったこと,お酒も飲ませてもらったことなど細々話しているうちに居間の粗末な筵に横になり腕を枕に眠ってしまった。

 このころの母は若く生き生きしていて農作業の疲れも知らないように働き者をしいていた。

母の最も幸福な時代はこの年代と笹冬は後年思い出す。

人が年とることなくばなんと幸福な日々が続くのだろうと。

  ⑸笹冬の小学校

  笹冬の不運不幸不遇はここから始まった。
知り合いの峰子というとても気が利かない女が母の代わりに小学校の入学式に連れて行った。

それがその始まりとなってしまった。

 笹冬がふと気がつくと周りに誰も居なかった。一人廊下に取り残されていた。

どういうわけか百二十人の子供と父兄達とはぐれてしまった。

一体何があったのかと一人で教室の前を行ったり来たり不安な気持ちで階段を上ったり降りたり何度も繰り返した。

 校舎は左右4〇メートルもあり廊下の端と中央には階段があった。

階段を上がり皆を探したがどの教室にも誰もいなかった。一人廊下に取り残されていた。

どれくらいの時間が経ったのか、この時間は非常に長く心細く感じた。

 がらんとして物音一つしない廊下と教室、笹冬は探すのに疲れ果てとぼとぼ歩いていると、もう一つ通路があるのを見つけた。

 おそるおそる歩いて行くと何やら男の大人の声がする。すると入り口に紅白の幕を掲げて入学式が行われていた。そこは今まで見たことがないような天井の骨組みの大きな体育館だった。 
 
 式場の中に来た笹冬を女の教師が見いだして迷子になった子どもを慌てて式場に入れ椅子に座らせてくれた。

このところの様子は六〇年経た今でも鮮明に覚えている。               
 それからはというもの峰子とはそれ以来口をきいていないしその家の座敷に上がることも、60年以上すぎた後の今もない。

 大人は時に子供に対しひどいことをする、迷子にしたことを誰にも言っていない、謝罪もしない気の利かぬ女だった。

そう思うと村の近所の家に遊びにいくのも嫌いになった。                                     

 しかし人を呪うと呪う者が地獄の火に投
 げこまれる、こういう教えもある。恩讐
 は今は忘れるべき。

 『いつものんびりしています』
 
 笹冬の通信簿にはこう担任の評価が書かれていた。

三歳年上の兄の寿房は、これを見てゲラゲラ笑った。
 
 『笹はいつも社会が4で他は2か3だ』と。
 
 確かに通信簿は2が大半を占めていた。

その頃の笹冬は勉強する能力がなかった。

机を前に椅子に腰掛けても勉強を考える力がなかった。
 
 低学年の時間割の科目は終わり先生は黒板に算数の問題を書いて与えていた。

終わった人から帰っていいですよ、と、このように言うのだ。

 ああ又か、最後の二,三人になればか帰してくれる、それまで待とう、そういつものように黙ってすることがなかった。

 周りの子、隣の子が問題を解着終わり文房具をランドセルに入れている。

もう残っているのは最後の四,五人だけだ。先生はもう良いです。

帰って下さい、と言った。

 黒板拭きで問題を消し、綺麗に黒板のチョークの粉を取って掃除をして子供達の一日の勉強時間が終わるのだった。
 
 そんな事が笹冬の学校の出来事だが、一度小学六年生の時褒められたことがある。
 
 『憲法とはどういう物ですか, 覚えている人手を上げて』
 
 『国の一番基本になる法律です』
 
 この一言は笹冬の学年時代に自信を持たせる契機になった。
 
 『そうか君はどこか違うと想っていた』
 
 そう応えたのも手を上げたのも一人だけだった。
   
 丸山亮という田舎には見られない顔と髪型をして、話しぶりは秋田の都会から来た人だろうと思わせた。
 
 これを契機に笹冬の猛勉強が始まる。

もうそのころは学級委員長に選ばれたり生徒会長に立候補するまでに成長していた。
 
 この丸山先生の六年生だった時、国語の教科書にアンクル・トムズ・ケビンというアメリカの奴隷の物語が載ってあった。
 
 感想文の発表でクラスの皆の前に立ち、トムは奴隷としても負けず白人のためにつくした。
 
 ジェルビー家の元の主人の息子のジョーンと臨終の床で再会しトムは息を引き取る。

 『悲しいトムの奴隷としての物語です』 

 こう感想文を読み終えると、真っ先に拍手をしたのは担任の丸山先生だった。
 
 笹冬にこの教科書の物語が後に強い影響を与えることになった。奴隷という存在、黒人はアフリカから船で荷物の様に売られるために運ばれて来たのか。

 黒人の従順さ、アメリカの国土の大きさ、奴隷廃止のために幾多の無名な人々が銃を持ちたちあがったこと。田舎の農村に生まれた笹冬には鮮烈で強烈な感動だった。

 色が黒い人間と言って家畜の牛や馬の様に働かせていいのだろうか、故もなく飼い主の虐待にあいトムは死んでいった。

世の中は不可思議で道理に合わないことがまかり通るなんとも不条理な出来事が多い。 
 
 ある冬にスキー板が欲しいと言ったら足の骨折る、だめだと母に言われたことがある。

雪のかまくらもだめと言われたが。スキー用具は高価で高嶺の花、貧しい家には変えるはずも余裕もない。

 足を固定し転倒しても外れない。

危険な乗り物のスキーで骨折する子どもが絶えなかった。

 良く解っていたが危険なスキーでも持っていない男の子はクラスに五人位しかいなかった。

 こんなこともあったが、父親は出稼ぎ帰りに時計を小学生の笹冬に買ってきてくれた。

また自転車がどうしても欲しく頼んだら中古だが買ってくれたことがある。
 
 六〇年以上経った今でも朝学校に歩いてはもう遅刻するので、自転車に乗って学校に行く自分の姿が夢にまでも出てくる。

 笹高原の小中学校は百メートル位いいや若しかしたら三〇メートルかもしれない。低地より小高い緩やかな坂を登ったところにある。

坂を上る直前に農協が横に見える。

 田圃を整地した土地が自転車置き場だった。

いつも夢を見るときこの自転車置き場とその少し近くの農協が出てくる。
 
 ああ、父は貧しいながらもいち早く時計を準備してくれた。 

 父は手に持った時計を笹冬に手渡しながらこう言った。
 
 『時間は大人になってもとても大事だ』
 
 時計を持っている子供がいない時に先駆にけて身に着けさせてくれた。

あの自転車もそうだった。しかし親に孝行することも恩返しすることもなく、長らくこれらを忘れていた。

 その父が亡くなり何年もあとに笹冬は目の涙を拭うことになる。

父が買ってくれた自転車の夢を今も度々見るのは父への詫び状なのか。
 
 学校の行事で楽しかったものは運動会。

田植え前の又その前後の苗代の風景の中を親子が揃ってワイワイ話しながらやって来る。
 
 校庭の土は昔、杉を植えていた場所で、さらさら混じりけのないきめ細かな黒土だ。フィールドには真っ白な白線が引かれている。
   
 偶然だが入場行進の旗手が中学は兄の寿房、小学校は笹冬が選ばれていた。

旗を立てる三脚を持つのは兄の同級生の女生徒だった。

 勇者は帰るの音楽が鳴り響き兄弟が左右に別れる。普段は広い校庭を小学一年生二年生とその後は中学生と続く。

 そしてなんと長畑という村にある定時制の農業高校生が最後に続いていたことである。

普段は交流もないので目の当たりにするのは、新鮮な驚きだった。

 とても小中学の子どもには大人びて気品があるように見える。観客席には父兄が集まり普段は広かった校庭もフィルードを残し人で埋め尽くされている。

 旗手の役目を果たした三人の入場行進の写真を父は四十センチもあろう額縁に入れ客間の梁を背に掛けていた。
 
 お盆やお正月にお客が来ると、
 
 『いい写真ですね、兄弟が揃って旗手とはとても珍しい、名誉なことです』
 
 こう言っていた。この時の父はとても嬉しそうだった。

 このころは白黒写真で写真そのものが貴重品だった。

カメラを持っている人などいなかった。

 あのグランドの黒土、木目が眩しい校舎の背後の笹の葉の緑、まっすぐ伸びてクリスマスツリーのような杉の木の緑、そして笹の葉に幾重にも覆われたような校舎は思い出の中にカラーとしてある。

 鮮やかな緑は色どりは北国の花の小さな桜の葉と蕾。咲いているのかまだか桜の木の下でそれをみんなが喜んでいる。

 今日は運動会日和、小中学校で九回運動会をやったが雨に降られた記憶はない。
 
 昼になると一斉に家族が周囲の木陰で筵を敷き朝作ったばかしの御馳走を広げている。笹冬の両親もこの日ばかりは運動会を見に来ている。

 だが入学式と卒業式には一度も来たことがない。お祝いに着て行く着物がなかったからだ。
 
 ⑹夢の中の笹冬1
 
 『お隣りは健一さんでしたか』
 
 『いいえ、こちらこそ仕事ではいつもお世話になって、今日は運動会にはもって来いのいいお天気ですこと、こうやって子供の運動会を見て、笹の葉や蕨ゼンマイに囲まれて飲むお酒は格別です、

 『富蔵さん、一献どうぞ子供達のお祝いと私どもの健康と山仕事の安全を祈願してまた日ごろの仕事の好誼のために、さあさどうぞ』
 
 こう言いつつ健一さんはお酒を注いだ。
 
 『これはこれはこちらこそ日ごろからお世話になっています。東北の桜は遅いですね、まるでここの笹高原村の村民と同じように見えますよ、出稼ぎから帰るとつくづくこう思います。』

 『小さい蕾と小さい桜の葉、冬が長いので東京や関西に比べると一か月以上も開花が遅いようです。』

 桜の木は南の桜と同じくらいに高くもなるが、花の色は白く薄い、赤ピンクなどはない、華やかではないが自然の厳しい東北秋田の桜にふさわしいめだたないし質素だ。

 『この笹の里笹高原村の山には、父の亀松に木こりやら山菜取りによく連れていかれたものです。』

 『世界最大級の木造建築物東本願寺の改築が明治二八年に実施されたとき、この笹の里の笹髙原の山毛欅の木が大量に京都の東本願寺の梁や柱に使用されたと聞きました』
 
  『父の亀松はお酒が入ると東本願寺の梁の何本かは俺が切った、隣の家の岩蔵は俺の体を支えて切るのを助けてくれた。』

 『村の若い衆が四,五〇人も集まって山毛欅の木一本を切ったんだ。そして険しい谷と山を越え川まで辿り着いて水に流して下流まで運んだ。』

 『この作業たるや半年も一年もかけてやる。期間をおいて季節を待つと言うことだ。雪が降りそれを利用して雪の山道を作り運ぶこともある。如何に山毛欅が巨木か分かるだろう。』

 『東本願寺の梁に「 亀松」 と小さな刻印が打ってある。京都旅行に行ったらよく探して見つけてみろ。』

 『見つけた者に豊作幸運が雪のように降ってくる、俺が十歳の時の話しだが、あはっはー、と大笑いが止まらなかったす。』

 『ほう、そうですか、笹の里は山毛欅の里だったんですね』
 
 『あの重い木をどうやって京都まで運んだらいいんでしょうか』
 
 『そうですね、昔のこと故良く分らないが,多分秋田港や山形の酒田港まで運び船で若狭まで持っていったのやらと想像はするが』
 
 『東西の本願寺浄土真宗の寺院で親鸞が開祖です。この堕落寺に戦いを挑んだのが戦国乱世の時代の織田信長です。言うことを聞かない本願寺比叡山を焼き討ちにし、僧侶一般人の信徒を悉く殺しました。』

 『そのためこの笹髙原村では最も嫌われる戦国の武将になってしまいました。なんと十年に及び石山合戦という死闘を繰り広げたのは真宗門徒です。』

 『歴史とは皮肉でこの笹高村の宗門は曹洞宗道元が支配しているのです。足の痺れる座禅を推奨して、悟りだのと往生際とても悪い。今でも曹洞宗のお坊さんのお経が終わると念仏をどうぞと言いさっさと席を外します』
 
  『そうですね、確かにそのような風習がありますね。今日のような平和が訪れて子供達の成長を目の当たりにし、物が豊富になると昔の村民の労苦が嘘の様です。ウソとはこれは本当に失礼しました』
 
  『ははあー、平和だからですよ、さあ飲みましょう』
   
  『平和の有難味を私達は身をもって知りました。先のアメリカとの戦いが夢のようです。

 『この戦争は中国朝鮮東南アジアに軍を送り戦火の幕を開けてしまう様になったのです。私の弟に五四三(ごしぞう)という弟がいました。

 
 『ところが戦争が終わる直前の昭和二〇年六月一五日フィリピンのバナハオ山で戦死したんです』
 
 『享年二四歳もう二か月終戦が早ければと悔やまれます。九人兄弟の四男で姉妹もいました。その中の三男が私です』

 戦死の悲報を聞いた父の嘆きは亡くなる昭和二四年の四年間続いた。ようやく戦争が終わると村の墓だけではない、鳥海の笹髙原村、川内、直根、百宅,矢島、岩城と由利本荘地区の墓の廻りは草が一本もはえてこなくなるぐらい刈りに刈られ戦没者を慰霊する真新しい墓地に変わってしまった。
 
  『私の父の亀松はこれを見て嘆き言ったものです。この戦後の有り様は何だ、大本営とは嘘つき機関だったのか』

 敵国のアメリカの民主主義と占領政策のほうがずっと信用できる。無謀な戦争をした日本軍は世界に永遠の重荷を背負うことになった。

 わが故郷の由利本荘地区秋田県全部そして東北、日本の沖縄千島樺太までの戦死者。世界の戦場の至る所に兵士が眠る、青山などと言うものはいらぬ。これが第二次世界大戦だ、世界の対戦の死亡者はざっと記録統計だけでも一億人だ。戦争に舵を取り多くの若者を戦場に送り空襲で住まいと都市を焼け野原にした。

 沖縄は日本の地がそのまま戦場になった。日本には戦犯から漏れた大の悪魔がいる。

 父は五四三の代わりに受け取る軍人恩給の入った袋を居間の障子を開け、玄関の閂のついた分厚い玄関戸にこれを叩きつけ投げた。

 我が子の戦死に納得も我慢もできん、そういう気持ちが顔に表れた。 
 
 『富蔵さんのお父さんの亀松さんも辛かったね、この怒りを誰にぶつければいいのか』
 
  『こういう私も中国の満州に二度も召集され行きました。何度も突撃命令が出される寸前で退却し命がいくらあっても足りない状況に私の所属する陸軍三四六歩兵連隊は追い込まれました』

 『命をもって帰還したのは奇跡のようなものです。このような酷い戦況にも拘らず住民の中国人はとても親切でした。』

 『食べ物や飲み物を勧めてくれたり、靴下の洗濯やら頼めば彼らができることは喜んで手伝ってくれた。我々が銃を持つ軍人だから怖いという気持ちでなく、心からの親切だったと思います』

 『だからそれを知る軍人は中国人に丁寧に応対したものです。そのころの中国は戦況が複雑で、方や毛沢東が率いる中国共産党軍、方や蒋介石率いる国民党軍。この両者が出くわすとすぐ銃撃戦になる』

 『またまた日本軍がいると中国共産党軍、国民党軍が共同で日本軍に応戦する。その中の住民はだれが味方か敵か判断に困り果てていたが、そばに来た兵にはとても丁寧でした』

 『今でも中国で行軍に使用した地図を持っています。よくぞ長い道のりを水筒と銃を持ち日除けの帽子をかぶり軍服を着て行軍したものだと思います』
 
  ⑺ 夢の中の笹冬2  
 
  『奇遇だが三男の好房がフイリピンのリザールタイタイに子供達と一緒に住んでいる』

 『その地の南側にラグナ湖という海と繋がっていない巨大な池があり、そこの環状の岸辺の南側が五四三の戦死の地バナハウ山があると兄の琴房に手紙を送ったことがあった』

 『とは言う物の山は巨大故墓のありかも戦死場所も探しよう無い、そう書いていた』

 『慰霊登山を頼みたいが慰霊碑も登山道も整備されていない。フィリピンのこの時代の人々にとっては日本兵は恐怖だろうから』

 『父がこう思案していることなど、好に知る由もないだろうから、いつかどこかで、この話聞いたらさぞかしビックリするだろうな、あははー』
 
  ここで笹冬は夢から覚める
 
  笹冬は父と健一さんの話を聞いていて、ああこの人のことか、お盆や正月に隣村の畑平と川原町のおばさんが来ると五四,五四(ごし、ごし)という話し声が聞えてきたものだ。戦争で若くして命を亡くした弟を供養し偲んでいたのだろう。
 
 その父は若い時、冬山での大けがで後年片足を切断し杖を突き二〇年も生きたろうか。墓の後ろに遺品として杖があった。

 このようなことは幾千幾万と死んだ人の数だけある悲劇に違いない。戦争は世の中をおかしくした。
 
  生前の父はお盆になると軍隊でもらった茶色の地図を広げ、シナ、シナと行軍の地を指でなぞっていたことを思い出す。。

  ⑺味噌を造る
 
  四月の始まりは南の暖かい風が山々から吹いて来る。漸く周りの雪が溶け冬囲いの葦が切れ切れに空に舞う。土は水気は含んでおり大地の匂いと雑草の小さい綠が顔をだしてくる。

 幅は小さいが細長い農業用水路( どういう謂われか、堰き と呼んでいる) の水も心地よく温かそうにおちおち流れている。去年の稲の切り株が田圃に残る。雪解けが終わってこの土は手つかずの状態だ。山々の木々には葉もない、これからだ。箒のように細かい線を引いたように見える。

 これからまさしく春の訪れなのだ。春の呼吸息吹は時折強い風が空に舞い上がる。長い冬の頬を刺す寒風とは天国と地獄の差がある。
 
  笹冬は春先の味噌作りを手伝うのが好きだった。村の四十戸ばかりの笹村部落の茅葺き屋根の佇といい、雪の残る日陰には万作の花が黄色の淡い小粒の花をいち早く咲かせ春の到来と喜びを告げているのは楽しみだった。。
 
  後年笹冬は万作の花を讃える詩をこのように作った。

      万作の花は
    
 
  万作の花は
  白い黄色の花を咲かせて
  雪解けが近い山の斜面から
  手を振るように
  春を告げる

  万作の木は
  誰も知らなかったが
  花が咲いたその日に
  あれが万作の木だったと
  知らされる
    
    山は一面に雪で覆われているが
  雪の中から
  一人出てきたような花は
  昔、世話になった
  恩のある人が
    手を振って呼びかけているような
  そんな思いを起こさせてくれるのは
  万作の花

一句一詩

  一句一詩

 
  1 藍畠

徳川の家光の時、
島原に乱が起きた

キリスタンの一揆軍三万5千人は
懸命に戦うも
歴史を変えることは出来なかった

藍畠はその出来事を知っていて
寂しい色になっている

  2 公園の棒立ち

珍しい、植物園の中にヒマラヤ杉がある
大きいし気高い、幹のゴツゴツした肌と
厚ぼったい枝の葉は古代に帰った気がする
 
そうね、貴方の甲子園は檜舞台で
棒立ち見送り三振で、ゲーム終了
あの時の昔そっくりの棒立ち

  3 葦簀

軒先に大きく広げた葦簀は
夏の日差しを避け
日影を作る

道を歩いている人も
暑い暑いと言いながら
葦簀で身を囲っている

  4 藍ばかり

徳島県は藍ばかり
北海道はやや藍ばかり
青森県は少しばかり藍がある


  5 アイスキャンディー

学校の帰り
子供達の楽しみは
駄菓子屋の女主人がニコニコしている店の
アイスキャンディーを
買って食べ事だった

そのアイスキャンディーと
子供達の笑顔は忘れられない

貴方のお兄さんは
とても良く勉強が出来ると
評判です と言っていた

  6 アイスコーヒー

いつの頃だろう
コーヒーという飲み物が在り
それを飲んだのは
昔を思い出すが
よく分からない

 7 アイスホッケー

よく防具で固めたもんだ
喧嘩を売るような
スケートを履いた男の
人生はアイスホッケーか

  8 藍玉         。

徳島の蜂須賀氏
よくぞ生き延びた
藍玉は廃れても世に残る

  9 女からの伝言

私、藍を育てています
よろしかったら少し分けてあげます

 10 藍赤き

赤い藍なんて
それは
人の愛情でしょう

 11 羽根

赤い羽根
今年は銀座の職場の近く
東京交通会館の前にいた
セーラー服の中学生が
募金をお願いしますと
赤い羽根の季節
 
  12 作業着の赤い羽根

赤い羽根は
作業着に背広に
幼稚園の園児の制服にと
赤い一日の忙しい人気者

  13 山の頂上ですか

ここは山の頂上ですか
いいえ、谷が深い峡谷です
と、いうと私の今は
遭難者なんでしょうか

  14 逢い引き

猿は人間から別れた?
よく知らないが
猿は好きになれないな
親戚なんて考えられぬ

 
  15 藍を干す

みんな孤独なんでしょう
熱い日差しの中
同級生の仁子さんお家は
大きな池の前にありました
 
蝉が狂おしく合唱しているが
不思議な静寂そのものなのでした

草は生い茂り
蔦は天まで届く

私達が人の一生よ

振り返るも
お互いの残された時間は
とても少ない

あの時の藍色
藍色の小さき色に合掌する
                        31,10,20
 
 16 張り切った藍浴衣

そんな意固地、
何にも成りません
意地を通すなら
西田佐知子の
女の意地を唄ってください

 17 生き堪えて

ああ、歴史に残る
そんな不評もありました

しかし
浴衣の藍が貴方に似合う
どうぞ
忘れて下さい
苦しみと失敗間違い後悔を
忘れて
生まれ変わって下さい

                     
  18 アイリス

アイリスに惚れるな
とげはないが痛い目に遭う
金と財産目当ての
老人婚がストーリーだ

 19 立錐

満員電車なんか
恐くない
だって
先頭車両と最高方車両に
女性専用電車があるから

  20 夕波

青葦はとても素晴らしい背景の中で
夕日を浴びて満足そうだ

 21 青蘆原

私の母の人生は
青蘆原のように
透き通っていました

 22 艸刈り

艸刈りの馬はとても辛そうだ
艸は
朝の露をタップリ含んでいる

  23 青 嵐

今日は青嵐の中通学をした

そうか
山奥に私の同級生がいて
それは遠くから
中学校に通っていた

小さな湖の前の家が
青嵐だった

 24 戦時中の象が泣く

無邪気
人がいい
親切
感謝
孝行

人にないものを欲しいと
戦争の最中 
象が泣く

  25 青無花果

さあ、お勉強は終わりです
今日とれた無花果を食べて
学校から帰りましょう

どうしました
好和さん
少しも食べていませんけれど

はい、家に来たお客さんは無花果を前にして
言うんです

無花果は食べるものではありません
目で見て氷砂糖のような
とろけたところを頂くのです

お客来て
無花果
見ておられ

今は教えられたことを実践しています
                          31,10,22
  26 神童

神風の信奉者は
テロリストの悲しき心を知る

何処に吹く風は
朝鮮半島の地図を黒々と塗る

桂太郎内閣が
オイコラ
起きて働け
戦争の準備をしろ
と国民を脅している

やはり、やはり
啄木の
雲は天才である

 27 蝶低し

蝶は低空飛行をして
我が家にやってきた

 28 葵祭

貴族よ
泥棒猫よ
恋泥棒よ
テネシーワルツよ
昼寝三昧、青汁よ
京都大学中退よ

 29 青梅のコンテスト

さあ、美人コンテストに
ご参加下さい
見るより聞くより
参加者として
舞台に立って下さい
貴方が主役です

青梅を恋人のように
目元まで近づけて下さい

眉の綺麗な人のコンテストを
開催します

  30 闇にびっしり青梅

青梅を採りに行った母が帰らない
もう待ちきれない赤ちゃんが泣いている
カラスよ、この子の母に言っとくれ

真夜中に籠から闇に
びっしりひしめき合う
青梅を母が持ち帰ってきた
 
  31の1青柿

中学受験に失敗した
高校入学にも失敗した
更に大学には門前払いされた

 31の2 青梅は私の履歴書

青梅や実ることなく落ちにけり

 32 瓶同居

青木の綠に
果実は熟して赤い

 33 神臠

神が肉を与えてくれた
青木踏むは葛城の地

  34 青雲

生きようと言えば死に
死のうと言えば戦では生きる
謙信が残した足軽への家訓

  35 枷

病弱故仕事も出来ず
収入もない
それで
毎日青ぐるみを
拾いに森に行くのが
日課です

 36 青山椒

いい香りは
お吸い物のお茶碗中で
湖の体験をしているんです

  37 青紫蘇雨

ひとうねのスソ色の雨を楽しむ
それは日本人か

ならば
フイリピンでは一房のバナナと
その巨大な綠の葉を楽しむ

マンゴの木はマンションの
4階まで達して
四年に一度きりだが
葉の数より花の数が多く咲く
しかし老木に
果実は一個も付かなかった

  38 歯朶明かり

歯朶は胞子です
花は咲かず
地味な植物です

 39 四肢

四本の四肢の長さ
青簾の大きさ

  40 青田売り

青い稲穂の内に売れば
台風が来ても
いもち病になっても
みな安全圏にいる

  41 踊るてんとう虫

踊りの民の発祥の地と
歌の民の発祥の地は
我が国の大先輩中華人民共和国
広西壮族(ちょわんぞく)自治区です

一年三六五日が宴会で踊りと歌
お休み時間は寝るときだけと言うから
驚くやら羨ましいやら

夜更けには、
日本の竹取物語を聞かせて
竹遊びです

いい娘がいたら
盗って掠っても罪にならない


  42 深い井戸を掘った人

この深い井戸は私達の
気の遠くなるような大昔の祖先も
水を汲み飲んだんです

貴方のようなよそ者が
私の民族を毛嫌いする旅人が
なぜ水を汲んでくれと言うんですか

貴方の井戸の水は飲んでも飲んでも
渇きを覚えます
私は渇かない永遠の水を貴方に与えましょうそれは使っても浪費しても減らない
幻夢のようなお金です
                      31,10,24

  43 青田を踏み荒らす

耶蘇という恐ろしい顔をした人が
西欧諸国から日本に来るらしいです

何しに来るかと聞いたら
ウサギや猪、鴨アヒルなど
動物と鳥の肉が
大好物だそうなんですよ

青い色を見ると
海だ、海だとはしゃぐそうよ

お隣のベトナムもタイも
相当青田を踏み荒らされた

嘆いていました
 
 44 青饅

青ぬたは大人の食物よ
子供達は酒粕、味噌、酢
淺葱のプンプンしている
鍋をのぞき込んだ

こんなものを喰う大人は人とは言えない
憤慨した子どもは鍋を蹴飛ばす
                           -31,10,25
  45 麨おかし

甘いお砂糖もチョコレートもありません
仕方なく母親は泣く子のために
麦を粉末にして
食べさせています

  46青葉木

ほー、ほー
ほっほー、ほっほー
来た来た
南の国から
暑中お見舞い 
                        31,10,26
  47 葡萄の中の指
 
お父さん、あの葡萄みて
美味しそうじゃない

でも葡萄の後ろから
葡萄の葉の陰からも
人の指のようなものが見えます

きっと
葡萄狩りに来ている
観光客と思うけど
指があっても人影はありません

ふーん、そうかい
怖がらなくていいよ
全ての現象には
「なごり」が付きまとうんだよ
名残雪、なんか代表例だ

  48 青麦は見たことがない

青い麦は何処に咲く
稲作地帯だから
水の豊富な地には
不向きなんだよ
  
麦畑はこの地に忘れられている

 49 卓上自由

青リンゴは青い
日の丸は赤い
家族の心は
卓上のように円い

  50 赤蕪

冷たい水路で蕪を洗うも
流れが速く手もかじかんで
一つ流してしまった

 51 牛も食う赤蕪

牛の御馳走にもなる
蕪を楽しみに待っている

  52 藜

あかざの葉に雨宿りする
人の背丈もある茎は杖の形をしている
 

 53 すがる少女の伝説

蜾蠃少女は大人でした
名前は周准に住むという珠名です
胸が大きく分かれ
腰はシガバチのように括れて細い
一二00年前の
千葉県君津の男達は彼女を巡り
大騒ぎをしたそうです
 
財産全部持って行ってくれ
家の合い鍵全部ぶ持って行ってくれ
もし良かったら私の農地も
全部持って行ってくれ
                        31,10,27
  54 石を産む女

ごく希に多産はあるが
十人産んで
生き残るのは一人

人類も曾て
数を頼りに生きた

  55 秋袷

私は一年中袷だけを着て過ごした
袷帷子はもう古く
袷羽織はもう古く
                           
 

 56 乙女の肱

乙女は祈っているのです
こんな好い秋日和の降り注ぐ
赤い薄い光りは
サンサンサン
光りは踊っているのです

ゆっくり曲がったり
ふんわり浮いていたり

四階のマンションのベランダ側の
台所の板の間で
今日も主人の帰りを待つ
ミニチュアダックスフンド
タロスケと呼ばれている
ワンちゃんの為に祈るのです
                           
  57 秋の航

航の廻りには魚一匹いない
昔川で夏に遊んだときのことを思い出す
暑い日差しが水面に光り
川魚は思い思いに泳いでいた

秋に入りあの愉快に泳いでいた
あの魚たちはどうしているだろう
再び、静かな秋の日に
夏の光りの中で会った
あの川に行った

すると魚たちは何事もなかったように
無言の行列を組んで
静寂の水の中で
川の上流、上流へと回遊していた
                          31,10,29
  58 蛙は兎の耳を噛む

秋麗の青空に
箒で掃いたような高い雲の筋を
ご覧下さい

秋の空なのに
こんなに爽やかなのは
宮城道雄の箏曲,春の海
また、
越天楽変奏曲にも聞こえる

ドイツのアンネさん、
どう、この麗らかな秋日は
何に喩えますか  

そうねー
ドイツで世界の音楽の父と言われた
ヨハン・セバスチャン・バッハかしら

私が戦争で
ユダヤ人と言うことで
ナチスドイツの軍隊に
オランダで見つかったりしないで
たとえば、
アインシュタインのように
さっさと、
アメリカ大陸に渡っていたら
もっと多くの感想とアドバイス
日本の人々にお話しできたでしょう
とても短くて残念です

それでもあえて言いましょう
管弦楽組曲第二番ロ短調の第7曲の
「バディヌリー」の空に近いです
ドイツの人は賑やかです

ところで
兎の耳を噛だという蛙のお話は
とても面白いわ

そうです、
私達二人は大の仲良し組
蛙と兎になりました
                            31,10,30

  59 ジャズ秋草 

前方後円墳のある大阪府堺市の地に
大王を祭る巨大な
御墓があります

今は住宅地に囲まれていますが
四世紀とも五世紀とも言われた時代は
沢山の秋草が
墳墓を取り囲むように
ひっそりと生い茂っていたのです

その1700年後に
ジャズピアニストが
墳墓を見に来たのです
ピアノや管楽器を勢揃いさせて
世紀の演奏会と銘打って
無料ジャズ演奏会を開催しました

俳句を作っている人は
会場で俳句を作りました

「秋草の実は飛ぶジャズの音も飛ぶ」
                            31,10,31
  60 モンマルトルの霧

小高い丘の雲の幾筋
キャバレー、カフェー
テルトル広場

本当に赤い風車は回っていた
ムーラン・ルージュ

戦争でパリを占領したドイツ兵も
此所では一時の憩いの場
礼儀も正しく、飲食代も払ってくれた
そんなことを思い出すモンマルトル
                          31,11,1
  61 フォッサ・マグマ

とうとうやって来るらしい
大地に大きな割れ目や溝を造る

関東地方の山々も
中部地方の河川や大地も

もう終わりだ
この世は混沌とした
四十五億年前に戻る

もう見られない
日本の桜も
もう食べられない
紀州の梅干しも
青森の津軽の林檎や
山梨の葡萄巨峰を

沢山頂いて生きて来たのに
日本のお米文化は終わってしまうのか

この辺は数百万年前は海だった
地殻の移動と海の堆積物が隆起した

糸魚川静岡構造線
柴田小出構造線・
柏崎千葉構造線という

時に晴天の日
秋蛇がにたにた見ていた

何を大騒ぎする
呑気に黙って
自然の摂理に従えばいいのだ

私のように信心深く
日々にお経を唱え
合掌する敬虔な心に
事件も天変地異も
起きることはないんです
              31,11,2
        (一句一詩おわり)


                       

一歌一詩

  一歌一詩

 

  1 二つの病

ますます酷くなる病に
息も絶え絶えに暮らす

明日はもっと希望が持てる
そんなのない
世は終わりに近づいている

 2 身体が弱い

貴方の体はだんだん弱くなる
時代はだんだん遠くなる

童歌が梵鐘のように重い

  3 かしこしもの

あわれ かしこしもの

嘆きの雲雀雲に隠れる

  4 美しの野原

きみがゆく 美しの野原
空も海も 雄々しく豊かであれ

  5 大前

白い小鳥が白い花を喰えてきましたよ
白いウサギが白い藁を運んできましたよ
白い馬は白い馬車で出発の準備をしてますよ

  6 御帳

真白い空間に仕切る御帳
日影も白い影を作る

 7 大殿

何処へ行くんですか
貴方のお家は此所です
暫く此所に留まり
私達と食事をし夜は寝て
朝は鶏の声で目を覚ましましょう

 8 年の暮れ

みなが望んでいたようにはとても成らない
時は誰にも平等に時間を配分する

 9 短く

不足などない
満ち足りている
不満などない
とても幸福だ

 10 幸せは続く

病になっても
思いもよらず不幸になっても
幸せは続き途絶えることがない

 11 雪が凍り

雪が凍り
茎の重みが
雪の層を固くする
かたくなに過ごせるのは
冬の厳寒期だけだよ
ヤクーツクの友よ
イルクーツクの同胞よ

 12 山国

山国東北の冬は厳しい
人がいることも
獣が住んでいることも
知らんぷりして吹雪く

 13 ラジオ放送

何の放送ですか
又戦争が始まるんですか
女達は足音も立てず
去って行く

  14 商店街

もうウレ切れなん
どうしたんでしょう
商店の戸は閉まる
店の暖簾は畳む
人の口にはベットリ糊で
紙をあてがい塞ぐ

 15 山に住む

山深い山地に住んでいる
人の不幸も知らないで
その時は
せっせと炭俵を編んでいた

   小さな紋章

誰も見ていないが
私は気がついた
このこの家が立派であれば
あるほど
紋章は輝く

  音響

海にも山にも
私の町にも
心に響く音響は
悲痛でした
 
   大砲

誰のために大砲は成る
衣使用しなければ
心地よく響くだろうか

  歩道の上に座る人

歩道の上に座る人の膝は寒く
やるせな17い出来事に日は暮れていく

  篝火

烏賊釣船の篝火のように
人の心は篝火です

  偉大な人

偉大な人はいるでしょう
余り私は知りませんが

  音

車の音 
人の足音
風の強い日に弔事の読まれた

    深い井戸を掘った人

この深い井戸は私達の
気の遠くなるような大昔の祖先も
水を汲み飲んだんです

貴方のようなよそ者が
私の民族を毛嫌いする旅人が
なぜ水を汲んでくれと言うんですか

貴方の井戸の水は飲んでも飲んでも
渇きを覚えます
私は乾かない永遠の水を貴方に与えましょうそれは使っても浪費しても減らない
幻夢のようなお金です
                      31,10,24
   車窓の父

幼子を人より高く上げ見送る
帰陣なさばこれより高く

 16 アンペラ

アンペラが好きな馬は中国の蒋介石が国民政府を樹立させたことも知らないでノンビリしている様は平和でいい

 17 済南の駅に吹き飛ばされるお尋ね者のビラ

奸なり
姦なり
ビラの男は
張宗昌

  18 支那兵が襲い来る

刃向かってくる敵の監視をしていた
支那兵が襲い来る足音に
思わず拳銃を握りしめた

 19 警戒の交代

やっと飯が食える
風呂にも入れる
少し仮眠も出来る
戦争は男も嫌いだ

 20  城壁に登る

土嚢を背負い城壁を目指す
手も足も顔も擦り傷で
血だらけになった戦友が
バタバタ倒れるように帰って来た

  21 敵の包囲

逃げた敵を追い詰めたつもりが
敵は我等を包囲した
味方の兵は打ち据えられて
家壁の攻路を潜り抜けると
敵の物言う声が
はっきりと聞こえてくる

 22  砦の上に立つ兵

漸く奪った砦に着いた兵は
恭しく礼をして
箒でゴミを掃き
塩とお酒を仮の祠に供える
       
  23  支那人

満州で戦争が始まったから
六年間もお手伝いに来てくれた支那人
泣く泣く
帰国させてしまった

 24 張学良

名前はとても勤勉家に見える
1928年は
父を爆殺される
満州軍閥の子孫は
百才まで生きる
     
 25 小さな紋章

誰も見ていないが
私は気がついた
このこの家が立派であれば
あるほど
紋章は輝く

 26 音響

海にも山にも
私の町にも
心に響く音響は
悲痛でした
 
  27 大砲

誰のために大砲は成る
衣使用しなければ
心地よく響くだろうか

  歩道の上に座る人

歩道の上に座る人の膝は寒く
やるせな17い出来事に日は暮れていく

 28 篝火

烏賊釣船の篝火のように
人の心は篝火です

 29 偉大な人

偉大な人はいるでしょう
余り私は知りませんが

 30 音

車の音 
人の足音
風の強い日に弔事の読まれた

  31  深い井戸を掘った人

この深い井戸は私達の
気の遠くなるような大昔の祖先も
水を汲み飲んだんです

貴方のようなよそ者が
私の民族を毛嫌いする旅人が
なぜ水を汲んでくれと言うんですか

貴方の井戸の水は飲んでも飲んでも
渇きを覚えます
私は乾かない永遠の水を貴方に与えましょうそれは使っても浪費しても減らない
幻夢のようなお金です
                      31,10,24
  32 車窓の父

幼子を人より高く上げ見送る
帰陣なさばこれより高く


  33 焦げた汽車

汽車は焦げていたが
将校の紙牌はやけに白い

 34 東三省

私達はボランテアです

遼寧省を踏みにじった反省を代弁します
吉林省を侵略した反省を代弁します
黒竜江省の家々に火を付け強盗したことを
お詫びします

人口の8%1億人を超える人々に
お詫び行脚をし謝罪の旅をしています
                            31,10,26
  35 鹿柴

我が国の兵は
瀋陽の街に
猪のような敵が
鹿を連れてくる
逆茂木で塞いでくれ
そんな伝言を残す

  36 中原に鹿を逐う

帝位を得たいが為にみなが
混乱に巻き込まれる
覇権とは魏徴の述懐

 37 張学良の部下だ

家を調べる
と言って馬車を止めた
しかし
兵は一人だった

  38 たっき貧しく

生活が困窮して
節約も減らす者もないです
大臣殿

 39 織物

緊縮は我が家にもやってきた
あれほど注文があったのに
軍服の縫製のミシンが
ピタリと止まる

  40 母は野良すも

節約を信じる母は
緊縮、もう一つ緊縮という
ラジオを消した

  41 檄文役場に届く

足袋は破れたものを履け
嫁入り道具のミシンは控えよ
心室の夫婦の部屋に明かりはいらぬ

 42 倹約の御触書

校長の演説より
古びた服が心に響く

 43 カフェの女給の歌

切りつめよ
節約せよ
コーヒー飲まなくても死にはせぬ

  44 政治家は恥ぢぬ、新聞は用なき

こんなにも人に必要な物と者はないはずのものがみな不用
                          31,10,27
  45 無産党候補

無産党というビラが初めて現れた
昭和3年のこと
既成政党に清き1票もない
政治家は恥じない

投票の日が近づくと
新聞記事を覆い尽くし
演説会場は15日間
満員御礼の立て札があった

 46 青空に私は嘆く

殆どの人民は多くの財産も
富も持たない無産階級無産者に過ぎない
しかし
無産党は選挙に勝てぬ

どうしたことだ
何かが世の中の仕組みを操作している

 47 安部先生落選せり

社会民衆党
労農党
全国労農大衆党
菊地に大山

政敵政友会、民政党と対決するも
流行歌のように後に忘れる

 48 浜口首相の理想

民衆の暮らしはまだ半ば

 49 新しいお父さんを探しに行きます

母はこう書き置きし
見張りの付いている
選挙違反の父の家を出た

 50 婦人解放

牢獄、奴隷、お手伝いさん
そんな時代の女性は
日本の南北戦争です
  
                         31,10,28
  51 金持ちのお嬢さんから抜けだそう

たいそう大金持ちよ
肥料を作ったり
石炭を採掘したり
官営の製糸工場を政府から払い下げられたり

金のなる木も植えているそうよ
私達は平民の女です
妬みから一歩でも抜け出そうではありませんか

 52 卑しき事

婦人解放を叫ぶ雑誌は
みな卑しい事柄を書いています

本当の自己を知れ
女が握り拳を上げ
吹雪の日にデモ行進したり

  53 不況のどん底

物事がせき止められたように
行き詰まっている
高を括世の権勢を
思うがままに振る舞う

  54 無数の人の餓え

青空という良い天気なれど
喘ぎ息をし毎日暮らす
内閣は代われ
世も変われ
                          31,10,29
  55 資本主義を怪しむ

いつ頃か知らないが
世の仕組みは悪いのか

今日も職を変えてきた
朝出掛けると
夕方には別の仕事になっている

心配している母に
このことを告げるのは
辛い

  56 勲章は5万円、10万円とも

日雇いの賃金は1円60銭
命の勲章の値段なのか

 57 ロンドンの軍縮会議

軍縮と言われても
私の生業は
軍艦を造る

 58 切腹

軍縮に義憤電車で死ぬ
              
 59 撃たれたる

首相は
憲兵が駆けつけ
撃たれた

 60 文化人とツェッペリン伯号         
ドイツの巨大飛行船は
全長236メートル

茨城県阿見町霞ヶ浦沿岸に着陸した

文化人は  
我も見た お前も見た

その夜は
一つの枕で寝た
                           
  61 半田さんの驚き

光りのどけき春は過ぎた
日差し強き晩夏の8月19日に
ツェッペリン伯号世界一周に
狂喜する半田さんがいたのです
                            31,10,30
  62 人類の長い間の夢

広告塔のビルディングの後ろの
煤煙が煙る空に巨大飛行船が現れた

銀の塊のような鈍い光りが
一点遠く見える

あるものは屋根に登り
ある人は木に登る
何もなければ肩車
工事用の脚立まで登場した

  63 ゆたけき秋空

ツェッペリン伯号は
シベリアのお客さんです
荒野を飛んで
長旅は相当なもんでしょう
私も農作業の手を休め
鍬を頭上に振って
歓迎の挨拶をしているところです

 64 ツェッペリン伯号が目の前に

私の前にある飛行船は
ゲーテ、シラーの文学よりすごい
音楽にクラシックに詳しかった
モーツアルトとバッハを
組み合わせたよりすごい
と言おう                 

 65 ツェッペリン伯号フィーバーの余波、   飛行体験に狂喜する文化人

日本の山脈はノコギリのようにデコボコしていた
木を切るノコギリを日本の祖先はちゃんと用意していた

あの雪崩は何だ
象か猪の冷えた肉の色をしている

丹沢連峰がやけに小さい
小石の山か、落ち葉の山か                      
飛行機という世にも不思議な乗り物に乗ると今までの悪行を告白し
懺悔の気持ちで全財産を献金したくなる
何故だろう、

目の前に赤い教会の帽子がない
青い空と白い雲に乗った気分だ
オーイ、献金しても好いかー
雲の詩人は呼びかけた
 
 66 飛行初体験

飛行機のエンジンよあれが
淀橋浄水場
プラペラよ
あれが歌舞伎町の風林火山
主翼
あれが巣鴨刑務所だ

空から下を見ると
今更歴史の波と
空気の津波も押し寄せてくる

上舵だ
逆さまだ
逆上だ
機内では
裏切られたような悲鳴がしました
                            31,10,31
  67 おびおただしく笑う光り

草原には草ばかり
他に何もない
ヒデとロザンナ
不思議に思う

何も好いことがないのに
草はくすくす
何が可笑しくて
そよぐのやら

  68 甍すれすれ

甍には鯉のぼりが泳いでいる
飛行機が頻繁に
上空に来て
轟音を立て
時にはもううるさくて
何か天地に
異変が起きたのかと思う
その不安は的中し
我が家の甍は
すれすれに飛んできた飛行機の突風のため
瓦がガラガラ落ちてきた

  69 命あるのみ

爆音が空に響き
機内のエンジンは
轟音をたてる
飛行ベルトを締め懸命に祈る
真名下の深田よ
輝く月のようだ
雲仙岳
今日は小学生になった
山には紙切れのように
鋏が入っている
地上の褐色の土よ
大地の胡麻を蒔き散らしたような綠よ
神社に祈る
命あらば
無事着陸なさば

  70 遠 足

山を越えよう
軍事訓練のように
川を渡ろう
大河に住む魚のように

赤い河の谷間にいこう
黄金を求めて
インディアンの女性を探そう

生駒超え
大和国原の眼下に着陸しよう
遠足は恋の終着駅に着く
                          31,11,2
  71 啄木は今はあらず

病没とは言え突然の訃報でした
長く生きれば
文学に巨大な足跡も残るが
貴方のような
短歌の短い詩形は
いつまで人の記憶に残るでしょう

岩手山が見ている
なんとご報告すればいいのか

 72 思えば、芥川を

文明も茂吉も長寿で
大家と呼ばれ
名声を得た

と言うのは
すがすがしく君死にけり
とか
眠り薬飲みて友は
餓鬼になったとか
アダムとエバのように
智恵の美を食べた死とか

親友知人に
悲しみがないのは
何故だろう
                             
  73 不景気はどこから

わが家の梨は一個も売れない
工場では糸を括らず火災になったので
その保険金で急場を凌いでいる

豆腐が何故売れないんだ
豆腐屋が嘆く
町の有名な老舗も
バタバタ倒れた

子供らにせめて
赤銭を集めて
売れ残りの
西瓜一切れ買って帰る

  74 金の貰えぬイヤな日

朝から集金しているが
金のある人がいない
掛け売りが如何にダメな商法か
思い知る
街灯の火も消えた
不況対策に打つ手なし
ブラジルでもコーヒー園を
閉鎖して
ネギ一本を買って帰るそうだ

  75 十銭で三本の秋刀魚

お米がなくなったと妻が言う
五銭で大根買ったら
もう銭はない

米は十キロ、1円60銭
鮭一切れ、五銭
一ヶ月一世帯の支出、九十円
一ヶ月一世帯の収入、百五円

なでしこと言う煙草を
三十二銭で買って来て父が吸う
                           31,11,3
  76 円本ブーム

さあ、これが噂の知識人が
財産をはたいてでも買いたい
一冊一円の本だ

現代日本文学全集
現代法学全集
経済学全集
と数も多い

大衆月刊誌
中央公論、改造
更にキング,富士
聞いたことのある
文藝春秋も出てきた

円本はいいが
月々の支払いに苦しむ
庶民もいた


  77  暮らしに苦しみ

暮らしに苦しみ
大きな池の鯉を数匹盗んできた


アララギの伊藤さんの話しだ

  78 無心に来た老婆

お金はないので
米櫃の底からかき集めた
米をあげた

老婆の話では一家で
豆腐のかすを食卓で囲み食べている

すると丁度そこに借金取りが来て
白飯を食えるくらいなら
借金返せと怒鳴って言った

我が家では一年以上も
白飯を食っていないんだ
  
 79 歩道の上に座る人

歩道の上に座る人の膝は寒く
やるせない出来事に日は暮れていく
                         
  80 あてのない金策

親類縁者のみなに
借金はお断りだ
もう来るな
断られた
やけに心にしみる
青空の下を帰った

金を得ようと
質草になる物を選んだが
たいした物が残っていない
旧い背広が預けられたら
子どもに煮魚を食わせることも出来よう
しかし
明るいめどは立たない

  81 求職に出た友

今晩は
夜も更けているのに
したたか酒を飲んできました

酒は悩みも苦しみも忘れさせてくれる
阿片です

稼ぎを求め遠くまで行って帰って来た
あの町には仕事がなかった
あの町の隣の町にも
仕事はなかった

仕事を用意するのが
帝国主義政府の役目じゃないか
戦争と不況しか見えない世に
ガッカリだ

デパートの女子社員も
競馬の騎手も
競輪の選手も
みなが仕事を失った
                            31,11,4
  82 職なき憤り

五尺五寸の身を引きづり
どぶ板に霰が跳ねるのを見ている

俸給もボーナスも
一割も減った
官史減俸と報ずる

四ヶ月も給料払えぬ
工場もある

賃金値下げに
織工がうなじを垂れ黙す

妙な村民大会だった
教員の俸給三割下げよ
子どもを休学させる
その見返りに
俸給の一部を寄付しろ

新しいカンカン帽子を買って来たが
失業者のわたしに似合わない

廃兵が物売りに来た
それも、勲章と証明書を見せつつ
  
  83 亀甲万の醤油

美味しい醤油が
人の血潮に見える
其れも労働争議で煮えたぎった
沸騰する

ビラを配っている女工
引きずり出す警官がいた

  84 大胆に細心に

争議応援ビラがこの村にもはっている
きっと我等の応援だろう

しかし争議本部に
布団もなく
板の間に雑魚寝が続く

  85 浚渫船

川底に砂を集めて
堆積物も取り除く
絵のような煙突からは
モウモウと黒煙が吹き出す
廻りの護岸は油の匂いで
吐きそうだ
                          31,11,5
  86 水仕め

今年も冬が来た
とうとうゴム手袋を
買えそうもない

今朝初めて鶏が卵を産んだ
夫のため記念に残しとこう

私は足袋を履き替えた
黒い水屋の板の間に
不釣り合いぐらい眩しい、白い

昨日は買い物で
キツネに似た人を見た
ガラスに映る私も
キツネの顔立ちになっていた
気のせいだ
湯気立つ御飯をみれば
幸せと思う

おかずの鰯は脂たぎって
とても美しくはない

私達は新婚中
田舎の家父長的家族関係から逃れた
夫婦中心の生活に
慣れていない家事、
家計の負担がのしかかる

お隣の夕飯は
柚子酢を使った鍋物らしい
美味しい香りが
我が家の納豆御飯と
塩辛の上に乗る

昨日はコロッケ講習会に出た
カツレツの調理法も学んできた

しかし
食材を買うお金がない
そんな物贅沢だ
と 
夫は言うかもしれないので
せめて目刺しで我慢する
           
 87 鉞南瓜

固い、固い
冬至に食べれば
風邪薬はいらない

  88 蕨汁

蕨に鰊を入れて美味しく作ったつもりだが
意外なことに
妻も子も
嬉しそうな顔をしなかった

牛肉とか地鶏の肉
北海道の鮭でないと
ダメなのか
                        31,11,6
  89 鰻老人

世間は食糧不足で
大騒ぎしているのに
我が机の上には
夕まぐれの鰻が
ゴッソリ皿にのっている

これだから文化人はやめられない
世間の話しだと
山歯朶を酒の肴にする
そんな話も聞いた

我が仲間も
この世の貧困の波を
諸に受け
貧困の故栄養失調死で
人生を終えた者は数多いる

精神科医の我が診療所には
理解不能患者
治療不能患者
と新種の精神疾患が蔓延している

治療は簡単質素
薬はいらないし
入院もさらさらない

患者の家族に
病人が日常注意すべき事を
説明し其れで終わりだ

つまり
対話診療で儲かる
こうしていると

ドイツにもイギリス、アメリカと
世界をかける精神科医
呼ばれるのも
日は近いだろう
                      
  90 普請場

道路工事はとても重労働だ
工事をしている人が交代交代やってきては
がぶがぶ水を飲みに来る

この井戸は古く小さく
わずかばかりの米をとぎに来た人は
立ち往生する始末

井戸と銭湯は江戸時代は社交場だった
いまは貧しさの象徴になった

  91 大掃除の検疫役人

姉が言っていた
昨日は千駄ヶ谷に賃貸物件を見に行った

生憎予算も希望する家も見つからず
夜になった

秋虫が鳴く道を登ったり
少し降りたり曲がったりして帰って来た

私は妹だが今春家を買った
今年の秋は晴れて
検疫役人が検査に来て
衛生状態を見に来る

 92 ガスタンクの下の長屋

長屋にガスタンクは支えられない
ガスタンクの8本の支柱が命綱

ガス漏れがあったら爆死する
支柱が腐ったら、下敷きぺちゃんこだ

そんな長屋に
慎ましく灯が灯るわけないだろう

 93 東京の飯屋

荒々しく帽子を被り
飯を食う

見る人がみな他人だ
都会とは他人と顔を合わせ
無言でその場を去る暮らしだ

  94 艶歌師はバイオリンを持ってくる

売れない野菜くずのような歌を
バイオリンという楽器に絡ませて
夜な夜なやって来る

バイオリンはすすり泣き
艶歌師は絶叫マシン

板新町は騒音公害発祥の地になった

  95 私の青空

私達は小市民よ
今日は珍しい豆形写真機の映画を見た

せまいながらもたのしいわがや
本当に幸せは時代という
鳥とともにやって来る

 96 午砲
                           
どんと正午の砲が鳴る
その一台は
大阪城のどんと呼ばれた
午砲台から煙が上がる
その前に朝鮮牛が甚く愕いている
                            
 97  有馬入湯始                              
神代の昔
二人の命は
傷ついた羽を温泉で休めている
三羽の烏を見た

傷口が治ったのを見て
此所は名湯だ、
大発見だ
と喜んで皆に伝えた
                          

その後
欽明天皇とか孝徳天皇
幸行するようになった
 
  98  背戸の粟

自然のままの粟も好いが
一度は粟餅を食べたい

家に来る雀もそう言って
チュンコン チュンコンと
鳴いているみたいよ
                          31,11,7
  99 割引電車

交通費を抑えたい
少しでも

そう乗り競う労働者に
いざこざが始まる

薄暗い路をトボトボ行く
家の窓からコソコソ言う
あれは割引電車が目当てだ
くすくす笑い声が漏れてくる

電車のポールから
青い火花が見える
電流は早起きなのか

  100 永大橋

永大橋を渡る頃
隅田川に窓明かりが映る

三宅坂も通る
渋谷の青山はどこか
 
  101 貴婦人の家に虱を落とした

よりによって
あのような豪華な
貴婦人の住む家に
私の頭の虱を落としてしまう

もうアルバイトに行く気力もない
貧しいと
余計な虫と一緒に
かき集められる

  102 盆景屋

盆景屋は朝から忙しい
お盆の上にのっている庭園

砂や石、苔
そして
土や枯れない自然の物を
細かく芸術的に配置し楽しむ

103 私はその二階で受験勉強をしていた

すると、
大きな声がした
そんな本
ステッチマイナ
腐る物並べてどうする

エジプトのピラミットや
アフガニスタンのカブール、
バーミヤン渓谷の
石窟と石仏を
見たことあるか

紙に書いた物は
五〇年も残らんが
石は
5千年の風雨に耐える
                        31,11,8
  104 富士・つばめ・桜


隼人

大和

空を飛んだり
山の名前だったり
桜も好いな
 
信越線の碓氷峠は難所、
難所と雀の声援を受けた

 105 風鈴

ちろちろ
チリリンチリリン
彼岸花を背負って
売り歩いている

そのうち
玄米パン屋も着いてきた

 106 太鼓を叩き薬を売る女

誰も来ず

飴売りの鉦にはあんなに
人が来るのに
                          31,11,8
 107 露店

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  108 マグニチュード7.4

関東大震災の再来か
伊豆の人々は思った

人々はまだ夜明けぬ中に
互いに呼びかけた

炭の俵も寝具として使う
今日からは
        
 109 御真影は無事か

小学校の奉安殿に
小学校の校長がいた

やれやれ御真影は無事か
もし焼けていたら
隣町の校長のように
命を絶たねばならなかったろう

 110 八十隈湧く

あの時は
方々の池が
蒸気をたてていた
何事かと思い
手を入れると
お湯になっていた
火災の熱で
地面の土が熱せられた
                          31,11,9
 111 説教強盗の評判

説教強盗ってどんな顔しているの
今一度似顔絵見せて

年老いた母が言う

そんな物見てどうするんですか
家にお金になるような物はないし 
度々の震災で長屋暮らし
持って行く物なんかないんじゃない

それがね
その説教とかが気に掛かるんだ

それがこんな話しもあるけど

〃花も草ものどが渇いたら
誰か水を呉れてやるんだ

川は山に向かって
君は楽で好いな
僕は毎日大量の水を下流まで運ぶ
重労働だよ

何いってんだ
僕は毎日モグラやミミズの
大量のトイレを掃除したり
落ちてくる木の葉を
箒で集めているんだ〃

こんな物語説教をした後

強盗は命は取らない
それが説教強盗の仁義だ

そう言って堂々と
ありとあらゆる家財道具を
大きな風呂敷に入れる
こんな噂がある

  112 モダンガールを疎む

あんな豪邸が
モデルの生業で建つ

私はもう四〇年も社会に出て
働きづくめだ
それなのに家一軒どころか
長屋の六畳暮らしだ
この落差は誰がこしらえた

  113 信濃から出てきた私

銀座の女は
唇が赤い
銀座を歩く女はどこか違う
デパートの開店時間に
一時間もあるのに
あんなライオンの前に並んでワイワイして
何を買うんだろう
夜になると
見たこともない
ガスが灯る
自動車の排ガスは銀座のシンボルと言うが
咽せて顔に煤が着いている
             31,11,10
  114 のたうっている都会の心臓

心臓病
脳梗塞
風に腹痛頭痛と
何でも揃う百貨店病

金女事業就職と
平和な戦争のような忙しい

夜カフェ
私の売るお酒を
あの人はどんな顔して
飲むことでしょう

昨日は米兵が
店を覗いていた

私は装女だから
外国人には水商売でも
好感が持てる
お酒を注ぐのには慣れている
 
  115 ダンスホール

一房の葡萄が私の目の前を過ぎる
早く声を掛けて貰い
踊りましょうと
ダンスの衣装がふさふさ揺れ
中に収まった
豊かな夜陰の襞のように艶めかしい

お酒の匂いと煙草の煙が
未経験の私には目新しい出来事
主催者がパートナーを
紹介してくれた

黒と紺の縦縞模様の背広を着ていた
髪型はオールバック
銀色に輝く眼鏡をして
いかにも悪者と言った印象だ

この方は全日本チャンピョンでしたよ
十年前のことですが

今の職業を少し紹介して好いですか
男は無言で頷く

阿片マリファナのコレクターを長じて
チョットだけですが
対面販売をしています
相手は財界人や政府の閣僚です
もちろん秘密です

肉感の重さにダンスホールの木の床が
晴れがましく光る夜だった

  116 市川團十郎銅像

春の雨の中
女が銅像に近寄ると足袋を脱いだ

そして銅像の胸など
顔も頭も拭い始めた

浅草公園
十二階の凌雲閣が聳える

ここら辺は大道芸人が集い
漫才や獅子舞をする
                            31,11,11
 117 トーキー

浅草の帰り
グレタ・カルボをみました

 118 私はくだらない女

私のために命捧げてくれる男なんかいるとすれば
お釈迦様ぐらいかしら

私は料理ができない
結婚しない理由の一つ

私は正直になれないのよ
野田のバカらしさがないのよ

 119 計画は掟  

習慣法律国家社会アメリ
太陽月

 120 空気水ランチ

掟なんです みんな
八〇年間も公の場に
出なかった私の後悔は
夫婦となり手をつなぎ
街に出かけることができなかったことです

  121 実況放送をすると客足が減る

ラジオの実況放送は社運の危機だ
野球も相撲も
見るお客が激減する
 
映画もトーキーになったら
弁士や伴奏楽士が大量失業した
                         31,11,12
  122 蓄音機のうるさき歌

娘も息子も
小学校から帰ると
君恋し,君は誰よりも恋し
と 大人の歌を聴いている

暫くやむと
浅草行進曲をカナキリ声で唄っている

レコードという盤の
すり切れる音が
キイキイと鳴る

なぜか東京行進曲もある
前へ揃へ
富国強兵しろという

  123 すぽーつの有様

ゴルフとか
中堅手とか
聞き慣れないこと

私の散歩の草地はゴルフ場という物になり
けっして
自由には出入りできなくなった
                          31,11,13
  124 裸で草むらに飛び込む

嬉しいことがあると
壁に掛けていた世界地図に
大洋の海原が現れ
地球全体の空気も
一飲みできるお酒のようだ

青い草に
逆立ちしてみれば
私は草で草は人になっている

私の庭に
駱駝の群れがやってきて言う

エジプトとかサハラとか
月の沙漠に
金鉱床を探しましょう
           
天使が着いています
御祝いなんですね
飛んでいます

此所は疲れ果てた男ばかりです
ゴーガンはタヒチ島に隠棲した

彼も先人の真似して旅をする

 125 無産運動指三本

ロシヤ革命だ
日本の野郎ともお別れだ
金持ち資産家欲張り社長サヨナラ

その通り
大きな声の主の男に指三本
 
 126 酔いしれてマルクスを説く

交番のおまわりさんにマルクスを説く男がいて
相当酔いが回り
おもわりさんも頷くだけ

昨夜は父のところに
高等学校の生徒が来た
マルキシジム論争になった
伯父上はしみじみとマルクスを説く

揺れる私線の列車でマルクスを読む女学生がいた
風呂敷包みからこぼれた本はマルクスだった
急ぎ駆け寄り
落ちた本を拾ってあげる

すると
俺は振られた
恋の無産者だ

中原中也ランボー帽子を見てみよ
肖像画は明らかに言っている
俺は振られた
だからマルクスなんだ

  127 マルクスの研究

研究にも没頭もしたが
幸いにも資産家だ

どうせ故郷に戻れば
マルクスもプレハーノフも
役にタタン
鉞、鍬、鋤だけが
人生と暮らしの道具

 128 小作不能同盟

小作人は地主に小作料を払うな
土地は私有財産ではない
みんなの物だ
レーニンもそう言っている

 129 マルクスをやる

プチブルと呼ばれん
もう貧乏ともお別れだ
一〇〇〇〇光年後に
星も消えている

 130 誰もがこの日を待っていた

烈風を突いて行かん
若き戦士は労働者
自由の歌声巷間に響く
樹齢一千年の樹の如く
我等の肩が円陣を組み聳える

のどの赤いツバメが飛翔している
風呂屋の煤煙も今日は真っ赤だ

黒服は警官だ
市川稲毛神社
一八〇〇人の労働者が
竹槍をもって武装蜂起した

 131 メーデー女工

遅れじと裾をまくり上げ
懸命について行く
赤子を背中に縛り
赤い旗について行く

 132 事務室を秘かに抜け出す

メーデーの行列におもう
心なしか

共産党事件に載った人は
無職が多い

学校をやめて
共産党員になった人もいる
うら若い女性も入党している

  133 とうとう裏切ったのか

昨日まで同士だったが
裏切られて
印刷機の回転する様は
むなしいルーラ

  134 大学の職を追われる

第二貧乏物語は
究極の貧乏からは始まる
左派傾向の妹は
とかく父母に
逆らうようになった
                          31,1114
 135 少女が買う雑誌戦旗

赤の虱にかぶれたのか
下宿屋の娘は
生き生きしてきた

あんなに温和しく
口数も少ない子が
どうしたことか

持てない少年が
善の研究出家とその弟子
小脇に抱え
文芸戦線を広げてみせる 
本がファッションになった瞬間です

 136 うつし身の心

心ならずも共産主義入門ABCを読む

破壊、佐傾向は
資産のある友が最も恐れたこと

  137 奢れり群衆

財産がないぞ
大声で叫ぶ
仕事がないのは
政府東京の怠慢だ
   
そう簡単に獄中で死なんぞ
咳嗽は応援歌よ

 138 山本さんの死

神田の旅館で右翼に刺殺された

赤旗にくるまった同士に
学生は帽子を脱いで
哀悼した
                      
 139 プロレタリア短歌は何を残す

未来を鏡に顔を写すように出来たら
人の不幸も闘争も減る

醜くひん曲がった指を見よ
十七年の労働の賜だ 

相棒の朝鮮人
歯を食いしばり電柱を担いでいる

 140 今日の相場二円

四十貫の繭の値、
ここっれは、なんでしょう

出産の為里帰りした妻は
繭の安さにかこち泣きした
                             31,11,15
  141 とつくにのえみし

あめりかじんはえみしだ
ふらんすじんもえみしだ
おらんだじんもそうだ
いぎりす、どいつ、ろしあもそうだ

  142 五作の娘も売られて行くか

生糸暴落
繭安価
相場は安く
肥料も買えない

秋も寂しく暮れて行く中
娘が今日も売られていく

たった一年の凶作で
十九年育てた娘を売りに出した
                                             
 143 医者が大声を出す

大声の主は医者だった
裸人を前にして
乙種合格
甲種合格など

入営を見送る人が駅に集う
兵隊は一つの能力
馬鹿でいい
馬鹿声なら出るだろう
                          
  144 雨乞い

樋石
水嵩
水口
村会会議の中心議題は雨乞いだった
石狩平野に願いを込めた
天塩山地
どうぞ雨を降らして下さい
祈祷をした

すると
炎が見え煙が立ち上がった
落雷らしい

流血の争いに至らず
旱は終わった

 145 農会費を取る男
 
米がこんなに安いのに
会費とは何だ

父が大きく怒鳴る
豊作を見越して
米の相場は下がる

米をみな安く値切られて
妻にさえ売値を言えなかった
                           
  146 盗電探査人

蚕養する人はやせて細くなる
春繭の糸を取る人は足が腫れ食卓につけない
定額燈方式に
農村は盗電をしていた
                           
 147 喜田さんの筵

私が綯った縄で                
今日は一日
妻と筵を織り
暗い納屋で過ごしました
                            31,11,15
  148 娘は容易く嫁ぐ    

誰の新妻なのか
歯を真っ黒に染めて
重い炭俵を背負い
坂道を歯を食いしばり登りだした

誰の新妻なのか
清水に胡瓜を入れて
冷やしている
味噌を添えて昼餉をしている

誰の人妻なのか
臼を引いている
芒埃がいちめんに立ち
髪に雪のように
粉になり舞い降りている
                             31。11,17,
  149 粗朶を転がす            

昨年父が苦労して                  
雑木林を伐採した
それらを山の斜面から
転がすと ザーザーと
落ちた 粗朶の束は
その長さ
二百メートルもあろう

  150 馬棚戸

馬はモモコという
その前はサクラと言った

亡父の馬はタロスケと言った

テンコロ、ブンブンとかわいがった
猫や文鳥もいた
                            31,11,17 

  151 目をつむる馬

疲れたのだろう
一日中代掻きして
草を食む力さえない

馬も哀れ
我も哀れ

  152 雌の牛は仔牛を連れて峠を登る

仔牛も母と一緒に峠を登っている
親に縋り乳を飲もうとしている
ときどき長端綱をゆるめると
草を喰う

 153 鶏は柵飼いせよ

稲の種まきの季節は
御触れが来て

鶏は柵に入れよ
農作物を荒らす

  154 食い代を求めてやって来た

一羽の牡鶏が
鳥屋についた

それから土間に来て
納屋の俵に止まり遊んでいる

 155 霧にむせぶ真夜中に

鍬、鋤、鉈を抱え
簑と簑笠を身に纏う

明け方の田の用水路に
泥鰌が遊んでいた
妻はそれを見て
大喜びしていた

 156 草を刈る山の乙女

草刈場に来ていた人は
乙女だった
露に濡れていた

連れてきた馬の背に草を束ねると
手綱を引いて馬と去って行った
すると馬の草の上で
朝のコオロギが沢山いて鳴いていた
                          31,11,18
  157 採炭囚徒

足の鎖が解かれた
昨日と同じだが
入坑の時のみの自由は天国も地獄もある

炭坑医の私は毎日
瓦斯の毒気にて死せり
と書く
これが日課となる

 158 百尋の抗

厩だった
人が馬と化し地中に入っていた

 159 職工施療室

黒々と人も
お前も横たわる
職工施療室

工場法はざる法で
資本家側は
網の目のように
適用除外規定を作った

喘息がはやると
魚は一向生まれなくなった

阿賀野川下流メチル水銀汚染
神通川下流イタイイタイ病カドミウム水質汚濁
四日市市大気汚染喘息
八代沿岸メチル水銀

公害被害の提訴はみな
1967年代の後半だった

  160 巡査は宗旨を問う

巡査をして三年になるが
世の人の評判は悪く
何かのけ者扱いにされている

 161 花柳病患者

来たか
今日も
性病をもらたった男女が

誰からお土産を頂きましたか
聞くと

愛しいお兄さんから
愛しいお姉さんから
待屋の別室にて
                        
  162 生徒の鉛筆の筆先は錐のようだった

出欠をつけていた
生徒の頭を殴った事がある

その生徒の名を呼んだ
槍の穂先のような鉛筆を転がし
机に肱を建て顎で私を見た
                           31,11,19
  163 風除室

去りがたいな
こんなに美味しい焼き鳥があって
コンビニと言う店か

近くて早くて便利で
決して値段も高くない

これは玄関フードというのか
寒さや暑さを緩和してくれる

漫画を立ち読みしても
店員は丁寧に雑誌を並べ笑顔で整頓している

コンビニはイヤなことを思い起こさせない
暮らしのパートナーだ

  164 償いの豚飼い

我が県は豚を年間65万5千頭殺している
すまん
千葉県知事は頭を下げた

我が県は肉牛を年間53万9千頭殺している
すまん
北海道知事は頭を下げた

我が県は鶏を年間1億2千万羽殺している
すまん
熊本県知事は頭を下げた

広島で十四万人の県民を原子爆弾で殺した
長崎で七万人の県民を原子爆弾で殺した

アメリカの大統領は
すまん、とは口が裂けても言わなかった

爆弾投下当日は京扇子で蒸し暑い長い一日を過ごしていたと言うのだが、

それがどうしたの、
その一言だけだった

  165 海真平ら

萩を刈るように
朝鮮国も刈る
野望に火が付いた

西鄕と板垣は
勝利の前祝いに
美酒に酔った

この分では満州中国全土も
射程距離だ

海は波風なく
平らな方が趣きがある
                        31,11,21
 166 ゴクリと万歳を飲み込む

奉公袋に爪も入れた
遺髪も入れた
僕の命は
こんな小さな袋に
なっちまう
                          31,11,27
  167 この群衆は狂える

兵隊を見かけると
万歳、そして万歳

歓声の中に死に行く人が見えてくる
            
 168 朝餉に高梁を入れる

モロコシは玄米か陸稲

榴弾で体から腸が飛び出た

小麦大麦稲玉蜀黍は
平和な時代を望む

 169 支那兵は手に土を握る

野の花が揺れた
砂漠の砂が舞い上がった

大木が生木のまま倒れた

頬に弾が当たった
兵が死んでいた

 170 便衣隊の掃討

敵の隠れ家は焼かれ
赤い炎と黒煙が上がった

 171 匪朱房の少年

槍を固く握っていたが
俯せに倒れたままだった
                          31,11,28
  172 鶴見埋め立て地

一隅残らず埋められた
機械力専制造成行為が
横須賀にも飛び火して
戦争機械化を準備している

無産派の理論が
この国の流行になり
恐怖を感ずる

 173 美人座

踊り女も
見物人も
相聞歌を歌い
お酒に酔っている

カジノフォリーには
聖家族、堀辰雄がいた

腰をくねらして
尻を振っている
か細いものに聖が潜む

春野芳子は
聖家族第一号の
栄冠を獲得

  174 善知鳥の姓

私の村には
善知鳥の名字が
一般的です

これ以外はよその方です

  175 マレーネ・ディートリヒの歌を聴     いた

嘆きの天使
3百万ドルの脚線美
頽廃の
ハスキーブォイス
全てが嘆きの祖国に直面する
                            31,12,2
  176 浅草の木馬館

ジンタとは
なんだと思う間もなく
小編成の音楽楽団が吹奏楽
悲しく響かせる

屋根に落ちる雨の歌の響きとも
トコトコ、パツンポンと
悲しく響くのは
何故だろう

   177 トーキーを見る

人が動いている
本物そっくりの声も
騒がしい世の中の慌ただしい
雑音も聞こえてくる

トーキーとは
アラジンと魔法のランプの
主人公アラジンにしてくれる

君もアラジン
明日もアラジン
アラジンの熱狂に夜も更けた

  178 ショート三原

1ミリの隙もない
3日間連投伊達
熱戦20回の
中京は明石中学に勝ったが
記憶から去り
記録に残る

  179 馬 橇

氷を積んだ馬橇が
急な坂道を上る
氷は光を発していたが
馬の苦労を忘れていた

ロッコを引く
馬を見た
貯炭場の鉄路は
赤く錆びていたが
馬の苦労を忘れていた

木場に木材船が
次々と橋の下をくぐる
木の雄渾で見事なことを
言ったが
馬の労苦を忘れていた
                        31,12,3
  180 鮟鱇ら

鮟鱇、こっちの荷を運べ

ふらてん、早く荷を船に
持って行け

風太郎、プウタロウ
港湾の土を掘れ

  181 昭和の日と人

僧と
娼婦と
女と
庫裏に集まった

僧はいった

僧の私はなすべき事をなした
後は食事を楽しむ
お経は後だ
後はごろ寝、逸楽

娼婦は朝日に顔が輝く
今日の仕事は辛かった
あとはチュウハイあおるだけ
少ない身銭で世に憚る
日影は彼女の友達

女は言った
不公平な世の中よ 私は
昭和枯れススキ
人類の枯れススキ
                        31,12,4
  182 四角なる壁

プロレタリア演劇は
貧しい人々の糧だc
生きがいだ

童話だが(太陽と花園)と
出ることが出来ない壁は
私の記念となる
                         
 183 真実に飢えた心に

人の真実とは
具体的には人に
見えない物なのです

上野動物園多摩動物園
旭山動物園の動物案係、
園長も来て言うんです

しかし
動物は正直で真実で
まあ、本能とは
生きものにはよいはめられた
美しい首輪か指輪か
足枷が心地よいのです

此所に充足感に
心もてあましている人も
不足している人も
檻の中のこのライオンのように

オーオーと
物まね大会で
泣くが好いでしょう
                        
  184 酒田の長者没落

敵は長者なり
いそぎ酒田港へ
船を出し海路に兵を送れ

しかし槍と鎧を着けた
兵はいざ着くと愕く
塀は土を簡単に盛り上げ
忍び返しもない
庭には楠と松の木が
無造作に並んでいる

水を汲んで汗を流そうと
桶を下ろすと
コツーンと遠くから
こだまが帰って来た

せめてなりたや本間様に、
これは、偽りの伝承だった
                             31,12,5
  185 商いの多いとき
                      
自ずから話しも
笑い声に聞こえる

大方商いは
はかどらない

月給を取る人が
うらやましい

白い歩道に
埃が舞い上がる
その中で玩具を売る
                
物売りは谷間を越えて
我が家に来た
お茶をいっぱい下さい
遅い昼餉をしに来た

  186 若妻の甘藍

若妻に甘藍がよく似合う

すると

井伏鱒二は大きく溜息をつき

太宰君は詩人だな
長々と駄文も書くが
詩的なところもある

  187 寒 蕨

春の蕨が
冬の蕨に
進化した

猿から人が進化したように
化石は物語る
ダウイーン、そうですね

  188 還暦や

亜米利加のハワイ、
カルフォルニア
沢山旅行をしたが
裏日本には一度も行ったことが無い

 189 木に登る

鮮やかや、
鮮やかだ
アフリカの棗椰子の木は逞しい

雨も無い
湿度も無い
空は広いが
雲も無い

草一本の植物も無いが
若しかして
茎や種子が
何億年も石油と共に
砂漠の中に眠っている
魔性の大地かもしれぬ
                          31,12,7
  190 架線工夫に翼がある

たまげたよ
誰から貰ったのか翼を持って
高圧、低圧の電線を引いている

たまげたよ
人とは神の賜か
 
奇跡の乏しいこの夜明け
貧しくとも
神の恩寵が絶える事無し

 191 木イチゴ        

服の裾が長い
あれは聖女です

少女の瞳に血の色が
ふんわり架かるのです

少女の日焼けは
健康な血の色です

在りし日の記憶は
中原中也
忘れられない緑のくろ髪よ


 192 泥まみれ、無題 

蝉がいた
ミーミーン鳴いていたが
よく見ると
蝉の抜け殻だった

蛙がいた
確か
グーグーと
鳴いていたが
蛙の抜け殻のコピーだった

真冬に
着物の袖を濡らして泣いていた
春になると氷も溶けると言った
美しい人を思い出す

 193 今日は立春

もう貴方のことなどどうでもいいや
着物の袖はカラカラに乾ききった

そう言って
煙草を美味しそうに吸っている

幸せになったという彼女の福音を聞いた

                  (一歌一詩 終わり)

 

 

一詩一詠

1 大衆

脳は大丈夫か
血液は
気持ちよく流れているか

心臓は  
初恋の相手の
日影麗淑子さんに
ドキドキしている

正直言って
情熱は少しだが
脈拍ははっきりしている

 

2 アレゲーニー山脈

俺はアレゲーニーに住む先住民族
アバリジニーと言う
親戚はアパラチア山脈一帯に住んでいる
広大な山脈を仰ぎ見れば
戦争などしなくても
生きていけるぞ
そう思うだろう
一度、遊びに来い

 
3 私は日本の出雲の阿国を唄う

私は中国から来た鑑真を唄う

私は奥州藤原氏金色堂を唄う

私は平家の隠れ家と厳島神社を唄う

私はアルプスの少女ハイジを唄う

私は雪山賛歌を歌うが
アメリカ西部カリフォルニアの
愛しのクレメンタインの死を嘆く

水死した娘の父と同じく
日本のタロスケの死を嘆く

4 私の即位論

天皇とは人間の器官に例えれば
心臓とも肺とも血液とも言える

機械に例えれば
自転車のチェーンか
自動車のバンパーかな

だから天皇機械部品説という

5  君の適正を見つけよ

君の得意なものが適正だ
君の好きなものも適正だ
君の夢も適正だ

野に咲く君の花を探そう

あなたを待っている人がいる
誰かに話しかけられたら
この人は私を探していたのでは
この様に自問自答する
貴方の豊かさが増すために

6 草って誰が食べるの

子どものはなしは面白い
草って
草食動物が食べるのです
草食動物は肉食動物が食べるんです
肉食動物を食べるのが人間です

人間はウサギにとって悪魔です
人間は氈鹿(かもしか)にとって鬼畜です

人間を食べるものもいるんですか
沢山いますが
食べるより、呑み込むが近い

事故とか癌病気とか戦とか
失業解雇倒産等々
人間の敵悪霊は生涯に
1万8個にも及ぶそうです
                        31,10,23

7あの山には誰も登ったことがない

これはチャンスだ

頂上まで登り
見下ろしたら
地図のよにうな日本が
山脈から流れ出る大河が現れて
罠捕り漁師に会えるかもしれない

楽しいだろうな
山地の頂上には活火山があって
鳥海火山帯温泉天国なんか出現するかも

楽しいだろうな
盆地のチョット高地には
水力発電所の大きなダムがあって
セッセと電気を作っている

楽しいだろうな
発電所を出た水の言うとおり
お金があったらダム作ろう
お金を貯めてダム作ろう

同窓会には河岸段丘で鮎のわしづかみ
広報イベントはわしづかみカジカ大会
毎年強行雨天でも決行と宣伝しよう

下流には平野と扇状地と三角州を作っているだろう

究極の楽園から
頂上に向かいて
大声でヤーッホーと
山彦似乗せて発信しよう

国土地理院の日本地図は
より正確で、正しかった  と

8 赤肌の花嫁の長い髪は足下まで降りていた
父と犬と友人達に囲まれていた

男達は煙草をくゆらし
胡座をかいて座っていた
氈鹿の靴を履き
肩から分厚い毛皮を垂らしていた
  
花嫁に飾りはないが
長い睫毛と
粗いまっすぐな髪の束に包まれた
赤肌の肉感が揺れる肢体で十分だった 

9  私の家に逃亡奴隷がやってきた

奴隷は家の戸の前で止まった
積んで置いた細い材木をガサガサさせていた 
台所の戸を半ば開けた
ふらついている哀れな様が
目に飛び込んでき、て、哀れに思った

安心しろと言って
桶に水いっぱいにいれ持って行った
汗でぐっしょりの顔と
傷だらけの足を洗ってやった

生地は粗いが
清潔な衣服を着せてやった
あの男の白黒させた目と
ばつの悪そうな様子
首と踝に貼ってやった膏薬を
在り在りと思い出す

火縄銃を部屋の隅に立てかけ
食卓では私の側に座らせた
北部に逃げるまで一週間は
食事を作り、与えて
私の家に泊まった
                        
                      31,10,24
10 石切場に長い荷馬車が来た
馬も人も逞しい
石を縛った鎖が揺れガチガチ鳴る

11  あらゆる物体

あらゆる仕事をしてきた
いや、あらゆる仕事に向いてなかった

あらゆる町と人は、私を疎外した

12 怒り狂った結婚式

生憎暴風雨だった

船出に嵐は不吉だ
たぶん船諸共海に飲み込まれる
バミューダトライアングルは魔の海域

13   嬉しい日

嬉しい日になんと落ち着いている
楽しい日にしんみりしているのは良くない
鬱病なんかではない
心を開いていないからだ
感情を押し殺しているからだ
規則が多すぎると手錠が架かったようだ

町も村も市役所も
生涯学習センターも
スポーツセンターも
面白くなくにする

14  私は人類最初の人間だ

誰が作ったって
そんな野暮いうな
あえて言う
それはダーウィン

農作業の時は始まっている
茨の土地を耕さねば

仲間はいるのかって
いるいる猿のような奴だが
仲間だ

人類はスタートの時から
土地を耕した
石器も土器も作ったが
農耕の起源は
定説が間違っている

朝早く水を汲みに行き
運んでくるのが妻と子供達の日課
俺の仕事はミツバチの巣を運んでくることだ
                        31,10,26
  15 咎め

とがめを受けた人は
八百屋お七のようだ

拷問で白状させる
裁判員制度なんて
黒いペンキ業、塗装家よ

  16 電気のプアスマイナス

最も近くて遠い存在は

電気だ
肉親だ
兄弟姉妹だ友情だ
親戚だ
江戸時代の5人組連帯責任制度だ
 
17 私は信じる1
       
私は信じる
独立戦争は一七七六年に起きた
かわいそうな奴隷を
解放しようという機運が
一八六一年の南北戦争へと繋がる
この内乱が
アメリカの民主主義を作った

             
  18 私は信じる2

私は道路を信じる
私は
山脈も高原も盆地も
扇状地や湖沼も

魚もライオンも象も
最古の人類アウストラロピクスが
言語と感覚を持ち、
手で胡桃を割って食べた姿も
悉く信じる

私は
誰も受け入れない事柄を信じる
人は神だけ信じても不足なのだ
                            31,10,27
  19 私は私の重荷を背負う

秦の始皇帝兵馬俑の一人のように
馬車で家具を積み
両手に豊作の麦わらを抱え
直垂を着て烏帽子で
日本と世界を背負う

 20 大井埠頭

私はコンテナを集める
埠頭に夢を乗せる
東京湾も横浜、名古屋、大阪、神戸と
港に近づくと心が躍る
コンテナの分厚い扉は工業力の象徴だが
夢の国の物差しでもある

 21 1000人は女だった

江戸城の夜は更けた
さて今晩はどうしようか
将軍は敵将と闘わず
今晩も大奥一千騎との最終決戦がある
                             
班田収授法が施行された
記録に残る口分田の女は一千人だった
大化の改新直後の646年に
戸籍・計帳・班田収授法を作る
詔が発せられる

もう大変、今もこんなに貧しく
困窮しているのに
何処に租庸調の余裕があるの
村を捨てましょう
流浪の民ジプシーになりましょう

律令国家に
共産主義のシステムは不要、
いち早く永代土地私有の国へと
逃亡した女は一千人だった                  

         
 22 JRの街、酒田

冬のかじかんだ鉄道の夕方に
山形の酒田に降りた
羽越線が一時間も停車するから
ふと街を見たくて
プラットホームに立つ

街は人々が行き交う、その表情は
とても豊かで幸せな街と言う事が
すぐ分かるくらい
穏やかな会話と目差しが
人混みに溶け合う

私は何処に行くでもなく
人の列に入り思う
こんな小さな街が
日本のいたる所に有るに違いない

豊かに心を持てば
土地が豊かになり、人は生きられる
灯る小さな家に町の雪明かりが
手を上げ呼びかけ
友達のように待つ                          
  23 哲学も礼節も文化も再吟味される

誰が地域に線を引き村としたのか
誰が地方に黒々と墨を塗り
町と名付けたのか

そればかりでない
何故県境があるのか
関東甲信越とか近畿地方とか
お天気お姉さんが
雨が降る、ドキドキ槍が降る
ピーチクパーチク騒がしいこと
NHKが決めたのか

便宜上のものに反対する
国境とは分捕った方が勝ち   
冷蔵庫の物は早く食べた者が勝ち
これはおぞましいが真理です

盗られた方は盗ったと者に
報復するだろう

人種差別が人間の問題なら
国境、県境も
単なる行政区分でしかない
その地上に軍用機が飛ぶ
                          
 24 銀四百シェケルでいかがですか

アブラハムに土地を売って下さい
気候が変動して
大飢饉に備えるためです

私の求めている土地は
カナンのヘブロンです

此所の畠はとても気に入っています
すると持ち主のヘテ人は
跪いて応えた

何のお安いご用を
お辞儀までされる肩ぐるしい仲かではありません 

どうぞお好きな土地の大きさは
境界杭の石を地中深く埋めて下さい
貴方がここは全部私の土地だと 
宣言すれば所有権の移転と
登記は終わりです

そっ、そっれはなりません
土地という物は何処であれ
遠い祖先が汗を流し筋肉を使い
時には血を流し土地を守ってきたのです

お気持ちは頂くが
どうでしょう、銀四百シェケル

それでは
土地の範囲はこうしましょう、
いかがですか

北方に迷い子の羊がいます
南方にナツメヤシの林があります
東方に日が昇る岡があります
西方には丁度ヘブロン
憩いの集会所と幕屋があります

どうでしょう
この東西南北が
あなたに売る土地と定める事で
と言う提案に
商談は平和裏に決着したのです
                            31,10,28
  25 完成しなかった設計図

家を建てなさい。卒業式を前にした、、
これは建築科の課題だった

見知らぬ羽後本荘という土地に
青年の家を図面に書いた

どうしているだろう
紙に書いたあの建物は
旧い親友のように
思い出すときがある

  26 柿の種

柿の種を畑の隅に蒔いたり
梅の種を道端に蒔いたり
時には向日葵や
大根の種を植えた
種は格好の遊び相手だった

胡瓜が実ったとき
トマトが熟したとき
茱萸や葡萄を食べ
川で泳ぎ、
幸福な日々だった

  27 叡智と魂の試験

時間は60分です
思い思いに書いて下さい

紙も鉛筆も自分自身が持ってきた物に
字の大きさ国語と言語の種類は問いません

もし合格した人は
お化け学校一期生の入学式に出席して下さい
                          31,10,29
  28 昨日の夢

森に入ると木々や蔦や草が
私に話しかけてくるように
ざわめきが風になびく

人間は私達に好いことをしてくれた
森の精がこんな事を話す

そうだ
受け取ることばかりでなく
心から好いことをして
お返しのお礼としたいものだ

 29  君は何をする
               
家の前に野いちごを植えてやろう
山葡萄は一個も実を付けなかったから
野いちごもダメだろうが

僕は体が大きいから
家の前のはやしで
山毛欅の木になってやろう
子孫が育つ頃には
ログハウスも作れる                          

おはよう 気持ち千円

 

 鬼ヶ島定家は一人成田空港にいた。

出国の準備をしよう。

搭乗手続きの会社はどこだ。

確かここらが東南アジア系の航空会社のカウンターだったが、変更され移動したのか。
 
  仕方なく側のカウンターのスタッフに尋ねた。

  〃あのー、Ρ国T国S国の搭乗カウンターは何処ですか〃   

  〃お客様、それでしたらこちらで好いです。

搭乗手続きを致しましょう。

こちらは「何でも、何時でも、何処でも東南アジア国搭乗手続きカウンター」となっております〃

  〃おはよう、気持ち千円〃

  いきなり受付のグランドホステスという女子社員が甲高く叫んだかと思うと釈迦三尊像の釈迦か、奈良の大仏のように右手は顔の近くまで上げて手のひらを前に向けて手いる。

左手はお腹当たりまで下げて手のひらを上に向けている。
 
  鬼ヶ島定家は驚きながらも恐る恐る聞いてみた。

あのー、お釈迦様大仏様のようにも手の形を作るのは何ですか。

気持ち千円というのも何のことやらです。千円欲しいと言う事かもね、そうですか。

 〃おはよう、気持ち千円〃

  ええっ、なんだこれ、可愛い女の子が大仏ごっこ、いや掌を返したり招いたりしていろ。

初詣にかくも狂おしい色香が漂っていたら毎日初詣、毎日お盆、毎日彼岸でも好いのに。

 これは僕の過去の行いを仏様が認め旅立ちのエールを送っているに違いない。

その証拠とも言おうか。他の国受け付けカウンターの女の子も揃って大仏釈迦三尊像のように座して足を組んでいるでないか。

壮大な祈りに誰が何を応えようか。

僕は仏の世界と境地を手に入れた。

壮麗なること限りなし。

  この私達のハンドサインは右手が施無畏印(せむいいん)と左手が与願印(よがんいん)と言います。

  あなたはΡ国のグランドホステスですか。

まあお顔も体も今照明を消灯したらフイリピンパブのカウンター席に早変わりしようと、心と動悸が高まる。

  あのね、一つ我慢ならんのは、Ρ国の二年前大統領に当選したドテルテと言う男がいる。

選挙公約にシャブ、マリフナ、ドラッグに関与した者はころす、そう公言していた。

 任期6年のうち今年は半分を迎えている。テレビではコントラドラッグと警察に、市民に殺された画面が路上にころころ転がっている。

 1ヶ月公表されている殺害は2千人、しかし世に出ない殺害は2千人で合計4千人だろう。

軽く計算しても六年間の死者は288,千人になるだろう。

 面白いようにぽかぽかP国の同胞を撃ち殺すドテルテを大統領に選出した、機械開票だけというのに疑問あり。

各州の立候補者の得票が全く出ていない。

機械を操作してドテルテに票を回したと疑うのは自然だ。

  結果悪ければ全て悪い。

このヤクザドレス、Tシャツ大統領の趣味たるはカラオケと、ころころ路上に大根腹を見せて横たわるドラッグ犯罪者の姿がニュースに流れることだ。

  p国とは泥棒と火事、シャブ社会だ。いや外国人の目から見れば文化の程度が低いのに驚く。テレビでドラマを作れない。

吸血鬼みたいな女が目をむいて相手の女を殴る。品のない声でゲラゲラ笑う。

国会中継ではがつがつ食事をする議員もいる。

テレビを付けると洗剤の宣伝のCMが流れて、ああいい匂いと象さんの鼻を作る。

ドラマは女が泣くシーンが80パーセント強。

  ノンクオーター・ビザ申請の際は驚いたね。自国民の健康診断など1生1度たりともやったことがないのに、肺のレントゲン検査、血液尿便の検査まで要求する。

  p国に限らず、永住や長期滞在を申し込もうなら、サラ金より高額な現金を要求してくる。

外国に住むならぼったくり政府と、イミグレイションにぶち当たる。

 これらの担当職員、企業の社員には日本の歌舞伎役者の入れ墨の線が何本も書かれていて、日本の歌舞伎を真似た合法ぼったくりをして金を喉から手を出してとり、泣いて喜んでいる。
                                      
  許しがたい暴挙はお互い様だが、p国の特別永住権・SRRV査証というものだ。何と驚くなかれ、失業率90パーセントのこの国が、永住の見返りに49歳以下は七万五千USドル、50歳以上は五万USドルを拘束預金とし預けよと言って居る。

泣く子も地頭もP国SRRV査証に勝てず。

サラ金業者の方が遙かに紳士的な営業だ。外国人と見るや恥も外聞も無い,シャブが人の骨までしゃぶりつき食い荒らすように、アラブの砂漠の強盗集団そのものをやってのける。

この様なことをしていた天罰は、彼らのお臍を中心に黒い円が描かれれて、文字まである。

「国境を渡ると我が国の金庫が見える。」

  一体、外国からの訪問客や旅行者をなんだと思っているのか。レモンやハッサクを搾る行為はやめろ。
                              
  古来日本の伝承、昔話とは桃太郎が鬼ヶ島に鬼を退治に行ったのではない。外国に夢を求め異境の地に憧れ親善と挨拶をして、友好を誓い合う旅にするはずだった。

 

ところが現実とはかくも厳しいのか、桃太郎侍は以下の様に思い知った。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はマクドナルド・トランプと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 ΡR  フィリピン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ駄部こー手ー書ん
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はケンタッキー・フライドキャロットと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 AA  アメリカン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はチョウカイ・ササゴと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 AA  アキカン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はケンタッキー・フライドベジタブル  と申します。
女です。
¥こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
AYフィンランド航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はジミー・カントンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 AZ アリタリア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はオバマ・コフデと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 BA 英国航空航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はアブラハム・ユリコーンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 航空という文字をBG ビーマン・バングラデッシュという文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はホシノ・トキメキと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 航空という文字をCA 中国国際航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はキム・チューハイと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
CI中華航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。


〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はキムチ・キタチョウセンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 AZ アリタリア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はムラタ・ジュコウと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。    彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 BA 英国航空という文字を消しゆきぬ。

秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はビートルズピストルズと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 BG ビーマン・バングラデッシュ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はスザクイン・モリノミヤコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 CA 中国国際航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はホンカク・ブッシュともうします。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、CI中華航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はツゥイニー・ツイニと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 C0コンチネンタル航空という文字を消していった。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はヤマト・フミコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 CPコンチネンタル航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はフランシスコ・スパイと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 
CPカナディアン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はスイコ・カンコドリと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 CXキャセイ・パシフィック航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))


〃おはよう、気持ち千円〃
私はマサコ・ウメズと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、DL  デルタ航空という文字を消して
いった。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はブンブン・トリダと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 EG 日本アジア航空という文字を消していった。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私〃は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はテレサ・テンコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
 彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 FJ エア・パシフィック航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
 歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私〃は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はヘイ・セイコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 GA ガルーダ・インドネシアΑΑ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
ウオノッメ・タロキチと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 HP アメリカウェスト航空という文字を消しゆきぬ。
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンス床に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、IA イラク航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私〃は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はイタコ・インチキと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。 彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の  床に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 IΒ イベリア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はチンゼイタメトモ・カショウヒョウカと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 JD 日本エアシステム航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています))

〃おはよう、気持ち千円〃
私はサダイジンヨリナガと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、JL 日本航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃
私はサイギョウ。ボウカンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、 KA ドラゴン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はモウ・タクサンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
KE大韓航空という文字を消しゆ  きぬ。
は、                      
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はマサカ・シキと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
KLMMオランダ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃


〃おはよう、気持ち千円〃
私はムツ・アオモリと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
LH ルフトハンザ・ドイツ日本航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はイワテ・ツナミと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
MH マレーシア日本航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はフクシマ・ゲンパツと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、 
MS エジプト航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はカンバンノモジハ・コウフクドリと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
MH マレーシア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はオシノ・ハッカイと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
MU 中国東方航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃おはよう、気持ち千円〃
私はオオテマチ・ニホンバシと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
NH 全日本空輸航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
                                    ΝZ
〃おはよう、気持ち千円〃
私はアサガヤ・アパートと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
NW ノースウエス日本航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はコウエンジ・スシヤと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
NZ ニュージーランド航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はタイヨウオウ・ルイと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
OA オリンピック航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はトクガワ・イヌと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
OS オーストリア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はトヨトミ・ナリアガリと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
OZ アシアナ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はユウヅクヨ・ツルと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
PK パキスタン航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はハナサカ・バテイと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
QS カンタス航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)

〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はメロン・コロンと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
RG ヴァリグ・ブラジル航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃


〃おはよう、気持ち千円〃
私はオオイナル・ミツヒデと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
RG ヴァリグ・ブラジル航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はオトゲ・ゾウシと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
SK スカンジナビア航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はイマガ・ヨケレバと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
SN サベナ・ワールド航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はオトゲ・ゾウシと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
SQ シンガポール航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はイマガ・ヨケレバと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
SR スイス航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はサガラナオミと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
SU アエロフロート航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はセブン・テレビと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
TE ニュージーランド航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はアリゾナ・ブンコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に 投げ捨てた。

制服に滲んだ赤い鮮血が、
TG タイ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は奇異邦人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はトコバシラ・マバシラと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
TK トルコ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はオワリ・ダブノブと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
UA ウナイテッド航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はファックス・スリウノダと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
UL エアランカ航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃

〃おはよう、気持ち千円〃
私はサクラノ・イエコと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私はホントナンテ・ナイと申します。
女です。
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
UT UTAフランス航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れていた。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


〃おはよう、気持ち千円〃
私はンア・ドコヘと申します。
女です。
こういい放ったグランドホステス、
私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
彼女は悔恨の情にかられ制服をその場の床 に投げ捨てた。制服に滲んだ赤い鮮血が、
VS ヴーアージン・アトタンティック航空という文字を消しゆきぬ。
秘すれば花
搭乗ゲートをくぐる。
歩く歩道・水平エレベーターのアナウンスは、
〃私は異邦人、貴方は異星人〃
と流れて鋳た。

〃おはよう、気持ち千円〃

〃ナグググトム カ バ?〃
    (おなかすいていますか)
〃ナグググトム  ナ アコ∥
    (すいています)


 4時間の長旅も終わりだ。鬼ヶ島定家は入国審査を受けようとしてカウンターに歩く。

 へローいい天気です。
というと入国審査官は困った顔をして、
 
 私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
申告する物はないんですか。
今日も昨日も明日も申告者がない。

物品に課税がなければこの業務は消滅してしまう。

これでは税関検査の公務員が首切られてしまう。

 いい話もないし、お客からのお土産もない。

あるのは膨大な 「暇」 だけだ。

空港施設の維持管理費用が不足しているので、何かポケットの中にありませんか。

ご協力下さい。

 もしやしたら、まさかとは思うが、
入国の手続きのみかじめ料として、
〃おはよう、気持ち千円〃
と左手を広げて言うんじゃないだろうね。

 そうだ、トイレも済ませよう。

徒トイレに入る直前黒い顔がモップを持ってゴキブリのように立っていた。
   
 こちらのトイレは綺麗です。

あちらの水はしょっぱいぞ、こちらの水はアーマイぞ。

 トイレが綺麗なのは当たり前だ、まてよ。
もしやしたら、まさかとは思うが、
トイレ使用料は有料ですなんてトイレから出てきたとたん、
〃おはよう、気持ち千円〃と左手を広げて言うんじゃないだろうね。

 私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
トイレに入ったお客からお金頂戴というのがそんなに悪いんですか。

ある日本人から言われれました。

「 お前たちの黒い顔と腹黒い心に比べた日本の便所掃除用のモップは純白だ。

日本のモップがこの国に輸出されるそうだ。お前たちの汗拭きタオルになるモップがかわいそうだ」

 空港の施設を出ると全面に大きな道路があった。そしてその脇の歩行者道路には日の丸の小旗をしきりに降っている人たちがいる。

そして幟もある。

 たどたどしい日本語の文字で、歓迎天皇陛下、ようこそP国へ首相大臣族議員、旅 行者訳あり訪問者様など、たどたどしくやたらに書いた感がする。

私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
 我が国の仕事のない国の事情はチョットここに住むと分かります。

600万、800万人のp国人が出稼ぎに行っています。

  ここで旗を振り、旅行客に並んで挨拶している人々は、生まれてこの方、30年、50年も仕事がなく稼いだことのない人々なのです。

物作りと仕事が歩調を合わせないのです。

  私のP国の住まいは餃子の元通りにある。
朝通りに出ると何やら歌を歌いダンスをしている中学生らしい子がいた。

 ルンルン るん
  餃子タウンにようこそ
  日本のお兄さん いらっしゃい
  今流行のテラピアダンスよ
  私は桜色 制服の桜の花も踊ってる
  私は桜 日本の桜とは同級生

  ルンルン るん
  餃子タウンにようこそ
  私は桜色 
 バナナとマンゴは緑色

  綠は走れり  私は踊れり
  私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。

 もしやしたら、まさかとは思うが、
創作ダンス見物料娯楽歓楽補助金として、
〃おはよう、気持ち千円〃
と左手を広げて言うんじゃないだろうね。

  おおーああー
 たとい、言われない疑いかけられても
  じっと耐えろと「 おしん」 が教えてくれた
  私の頬は桃色、
 私の息は桃色吐息
 お尻を振って また明日
     
  バランガイの配達しない郵便局に行った。

驚いたことに鯛焼き町、餃子タウン、テラピア村の無配達郵便がほぼ40センチの束で八個も出てきた。

在住の日本人の日本年金機構から送られてきた、周囲が赤と青の縁取りの封筒の郵便もぎっしり詰まっている。

  私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。

 もしやしたら、まさかとは思うが、
病気で休んでいる配達担当者の分も働くから、郵便物特別配達料が欲しいなんて言うじゃないだろうね。
〃おはよう、気持ち千円〃
と左手を広げて言うんじゃないだろうね。

 郵便局に行って文句を言った帰り、サンワンのテンダーハンに寄った。

  日本のお兄さんいらっしゃい。

サリサリストアは魚も肉も野菜も新鮮よ。

私も新鮮健康好い体よ。

30代後半で4人の子持ちだけど。
どう貴方のためにひとがんばりして好いよ。

 もしやしたら、まさかとは思うが、
新鮮食材を餌に裏商売している奔放お姉さんですか。
〃おはよう、気持ち千円〃
と左手を広げて言うんじゃないだろうね。

  時は流れ流れて
 人は道ずれ、世は情け
 私は貴方の道連れよ

  P国の姉妹市ハタハタ町に着いた数日後、パレンケで買い物をすることにした。
  なんだトライスケルと言うバイクは。

川崎製に小型のリヤカーを溶接とボルトナットでくっつけただけじゃないか。昔の零戦同様軽いが衝突したら木っ葉微塵だ、命はない。

 いらっしゃい、日本からのお客様、ご心配は無用とかと。

ご覧下さい、川崎と大師ケルは川崎大師に守られています。それに加え我が国の聖母マリア像、赤ちゃんイエス、それと東方から駆けつけ礼拝に来た占星術師の面々が勢揃いしてます。

 このトライスケルが事故に当たる確率は、地球に隕石が衝突する確率よりも比較できないくらいの低さです。

  なに、川崎大師とはなんだ、文字はそうだが船橋ゆるキャラふなっしーを吊して、安全祈願はインチキ祈願だ。

 もしやしたら、まさかとは思うが、
さては安全を強調してお客の歓心をかおうというのか。
〃おはよう、気持ち千円〃
と左手を広げて言うんじゃないだろうね。
  、
  私の左の掌は与願印(よがんいん)よ。
  聞くも涙、語るも涙。私にトライスケル物語は悲劇です。

 あのシェクスピアが存命なら
四大悲劇ハムレッ運転手をしていましト、マクベス、オセロ、リア王に次ぐ大悲劇、トライスケルという5大悲劇が創作されていたことでしょう。           
 
  私の父はジプニー運転手をしていまし。

貧しいながらも親と子供6人が楽しく生活をしていました。

しかし父の交通事故を境に我が家に悲劇が続きました。

 父のジプニーはお客を乗せ順調に走っていて、緩い右回りのカーブに差し掛かった時です。対向車が大きく中央分離の白線からずれ猛スピードで父の車に向かってきました。

 父はすぐブレーキをかけ相手の車を避けようとハンドルを切ったが間に合わなかった。相手の車はブレーキもかけていなかった。

飲酒運転だった。

  父に非はなかった。

が相手が地元の市長の次男だった。

警察は現場検証してすぐ父を事故の問い自社として連行し、父が飲酒運転していたという市長の要請通りにちちを加害に作り上げた。

ジプニーの乗客の先頭の助手席の大学生が体を売って死亡した。

  尋問は深夜に及び無理矢理自白を強要され警察の言うままにサインをしてしまった。

そうすると警察は、いつ死んでも好いよ、もう幼児住んだから、こう言ってクスクス笑ったそうです。

  父はその後刑務所で自ら命を絶った。

それを知った母は支庁に抗議した。

するとそれまで洗濯や掃除のアルバイトをしていた家々から、彼の女は洗濯と称し老人を相手に水商売も兼業している女だ。

こんな噂が町中に広まった。

  仕事を与えてくれる人はしなくなった。

母は遺書に私が噂のような女でないこと、身をかけて、死して、嘲る人に返します。

母も父の跡を追うように命を絶った。