日は沈んでも朝日の昇るときはくる 5


㊲  貫之は青春女史と出会いを果たし、  
  紫式部清少納言和泉式部と再会する

  その頃、貫之もやはり地元を離れていた。
壬生や躬恒に比べたら温和しく穏やかだった。

既に、彼の実家の周りはみな敵だった。

 本家親戚近所まであれこれと言いながら差別を堂々としていた。

東北人の水飲み百姓に貶されてなるものか。
  
 四面楚歌になりつつも、温和しい貫之だったが、今に見ておれ、そう言い残し家を後にした。本道吟醸地区の支援者に紹介してもらったアルバイトが束の間の収入源になった。
 
 とある日のこと、それは偶然にやって来たのか、必然の出逢いなのか、ステージの幕は切って落とされた。ここから長い物語が始まる。

 それは、バイクに乗って精肉店のアルバイトの配達をし家々を廻っていた時の事だった。

 出掛ける前に、店のお上さんは良く細かく配達の道も要領も教えてくれた。

 あそこの家に着くと立派なお勝手があります。玄関からは決して入らず、声もお勝手から掛けて挨拶してから配達するようにお願いします。

 こう教えられてその通りに実行したときのことだった。

 まああなたね、阿倍さんからお聞きしましたよ。大学を出て故郷に尽くそうとしてわざわざみんなのいやがる古い因習と柵の町に来られたんですってねえ。
 
 阿倍さんとは壬生のアルバイト先の中国湖北省武漢出身の阿倍仲麻呂精肉店のことだった。 

 はい、暫くこのお仕事のお手伝いで配達に伺います。どうぞお見知りおき下さい。
 
 まあ、学生さんのように肩ぐるしい挨拶な事。あんまりこちこちだと肩こるわよ。

 まあ、人には言いがたいようなわけも出来事もあるから、そんな事承知よ、出逢いは縁よ、気を楽にしましょう。

 あなたもクヨクヨせず楽しく生きましょう。たった一度の人生だから。

 あなたの少し陰りのある目差しは、にしきのあきらに似ているわね。

空に太陽がある限り、限りある人生でこう歌いこう叫んで、こんな長閑な昼下がりは体全体で心ゆくまで踊ってみたいわ。

 あなたの頑張りもよく分かるるわよ。

それぞれの与えられた道と境遇でみんな生きているのよ。
 
 あなたちょっとお茶でも飲んでいきなさいよ。すぐ準備するからお仕事の最中だからね。

ほんの二,三分よ、いいこと。

 それから、次の家の配達に廻っていた。来る日も来る日も配達の仕事が続いた。

 単調な日々だったが、仕事が無く腐りきった魚の様な身の上に現れた一輪の花。

目の前に天から降り注いで地中から生まれ出でて来たかのような花。

 川を流れ海岸に着く。

この地の自分がいる所に流れ着いた希望の光を感じた。仕事がある人と無い人にはこんな違いが出てくる。

 周りは秋田の寒風と非人情な暴漢しかいないと思っていたが、世の中は広い。

探せば人情に突き当たるものなのか。
 
 それからしばらく配達の仕事に追われていた。ある日店主の仲麻呂さんに連れられて、海岸線にある苫屋みたいにな殺風景な作業場に行った時のこと。

 そこは牛、豚、鶏の屠殺場だった。

その場にはなんと最初に肉の配達をしたにしきのあきらファンの彼女がニコニコして迎えてくれた。
 
 どう怖い、私は最初とても怖くて一年間は夢に見たのよ。牛の悲鳴、豚の逃げ回る様、鶏の目が恨めしそうに飛び出したり、食べられる運命の生き物の最後の姿を。
 
 私は食われるためにそして人間の食事のおかずになるしかない。

 食う者は食われた者の怨霊を毎夜聴くことになる。人間も人間社会に於いても然り、この法則から逃れられない。
 
 動物たちにこう言って手を合わせるのよ。

楽天国の門は険しく辛いと。

 地獄の苦しみを身に背負った生き物だけがこの門を叩き押して開き清浄な世界に入場できる資格を得るのです。
 
 食う者と食われ者は、虐げる人と虐げられる人の関係でもあるんです。

 人は一週間飲まず食わずでいたら死ぬでしょう。人の命とは何と儚く作られたのでしょうか。

 一杯の水一杯のご飯と西欧の国では数詞を被らせて、一杯のコーヒー等と言う。

 時には一杯が命を救う一滴にならんことを意味します。人は食なくして生きられません。

まるで無用の数詞は死ぬべき者と死者に用意された一杯のコーヒーです。神を区分する衣食住には不用。
 
 私達の目指すコミュニティーにはモデルは有りません。強いて言えば、一人一人の七人の個性が作るのです。あなたを入れて七人の侍です。

 かつて、宮崎県児湯郡木城村、埼玉県入間郡毛呂山町に建設を目指した先人はおりますがその様な村ではありません。

 文明が高度に発達し医療教育社会福祉インフラの充実度仕事の獲得、住みやすい県のナンバーワンは何処でしょう。

 今では童話か演劇の舞台たると言えるでしでょう。

あなたも一度でも考え空想したことがありますか。実現は可能です。

人口七人のトトロです。

 ここの私達の住む地域の中に、小さなとても小さな狭山丘陵に囲まれたトトロの森を建設します。

 ああ広いこの空、私達の目的を達成する地は、蛙が飛び込む井の大きさぐらいにしかならないかもしれない。

しかし大きさは絶対的ではないでしょう。大きさは人の心の持ちようで、他に変えることの出来ない物を得る入り口です。

 私は大空に向かいこう祈ります。

大空よあなたも私も限りなく広い。大いなる心を持ち大地を草花の綠で潤して欲しい。

私の成長はあなたの成長、私の生涯はあなたの虚空そのものです。

 人存在する故に神在り。

これが私どもの究極の根本思想です。

我々に死ぬという運命が待ち受けている、それが何でしょう。
 
 我々は子孫に語り続けられ永遠に生きるのです。しかし残酷な者がこの世に存在します。

アダムとエバの子孫だとは、ノーモア広島長崎のレベル。

そして油煮えたぎる羊好色家アブラムの子孫とは、考えるのもけがわらしい。

 人の人たる系統血筋は人だけに与えられた特質なんです。

罪に対する報いは死である。

実に窮屈な見方です。

 人に原罪など存在しません。

あるのは天地を敬う本来の崇拝だけです。

 人を無用にして裁くものが裁かれる対象です。私達には悪人も善人もおりません。

だれがどのような根拠でこう呼ぶのでしょう。肩書、地位、出自これらはみな人の重荷であり、足枷であり、頚木なのです。

 この地は私達が築き上げる王国でありコロニ(colonie) と呼ぶにふさわしいでしょう。

  そういう彼女は青春女史と言う人だった。

彼女の主人は青春歌謡曲という音楽事務所の社長仙昌夫という人で、かつてスターを輩出させ巨万の富を得た。

 しかし好いことは長続きせず脱税疑惑、政治献金と政界への進出の失敗で散財した。

そして本業の音楽事務所からはスターがピタリと出なくなり倒産した。

  青春女史が豪華な暮らしから目を覚した時は、自身が池袋や京都のバーやナイトクラブの酌婦になっていた。
 
 私達は花の28組(にっぱちぐみ)会を作っているのよ。

お花見をしたり料理をしたり、趣味のダンスや歌謡曲を歌ったりそれは楽しいわよ。

出雲国阿国さんにも会えるわ。

スポンサーもちゃんといるのよ。

世阿弥さんや利休さん、そして新しいところでは歌麿さんなどよ。

変わったところでは隆の里さんかしら。

 ねえあなた、世間とは捨てたもんじゃ無いわよ。

友達にあなたの出身地鳥海笹髙原を話したら、まあ驚いていた。

 姓名は結婚し変わってしまいましたが、紫式部清少納言和泉式部、桜桃子、高橋燕子花さん方はみなあなたのこと知っていましたよ。

嫁いでも再会できる日を待っていますと伝言をも預かっています。

 なんと同窓生で小学校中学校九年間の竹馬の友だなん、て。

いいわね。
 
 エエッ、そんなことあるんですか。
 
 偶然なのか誰かの導きか定かでは無いが不思議とはこのこと。

貫之は驚きのあまり絶句する。

こんな事が世に存在しているなんて。

 燦めく中学時代と幼い小学時代に毎日顔を会わせた。

もうあれから十年、十一年も経ている。

奇遇と言うのにも当てはまらない。              
  女史さん、どうしてこうも不思議なことが起きる物でしょう。

首を傾げても思いを巡らせても不可解と言いましょうか、この偶然はこの上なく幸いをもたらしてくれていますが、なにか話が余りにもよく出来すぎてやや怖いです。                        

 おほほー、何をか狼狽えるようで可笑しいですよ。あなたはまるで夢を見ている中で私とこうしてお話していているんではないです。

 世の中の不幸が貴方様に落ちかかってきたというのでも無いのです。私には足も手もあります、どうぞ手を握り確かめて下さい。

 熱い息もあります。ブラウスの下には心臓と乳房もあります、どう大きいでしょ。完全生身の女ですもの。

 イッチ ラブリィ(It`s lovely) これが私たちの合い言葉よ。

美しくない世にあえて美しく生きる。

醜い世にあえて美しく生きる。

 差別と圧迫、人権蹂躙のこの地と人々にも笑顔で接する。

仏を越える仏にはなれないが、私達は天女よ、世を照らす、万物と万世は私達の源、源流であれ。このように祈念しているのです。
 

  ㊳ 桜桃子の物語

 ねえ、貫之さん。私達がなぜこのような心境になりそしてあえて困難に立ち向かうこの心を知りたいでしょう。