日は沈んでも朝日の昇るときはくる 6

  ㊳ 桜桃子の物語

 ねえ、貫之さん。私達がなぜこのような心境になりそしてあえて困難に立ち向かうこの心を知りたいでしょう。

 そうそうあなたの境遇にもある意味では似ているわよ。人には言いがたいような事情と奇妙な運命があるのよ。

 あなたはもう私達の仲間だからいいでしょう、プライベートの中身まで踏み込まないと理解できないでしょう。

 お互いの秘密は此所ではありません。それどころか皆がお互いを理解して固い絆が出来ています。この友愛は大地が割れ裂けてもビクともしません。話してもらい分かって欲しい、隠す物何もない。世の常識とは相容れない。みなこう申しております。
 
 あなたの中学三年生の時のクラスメイトの桜桃子さんを知っているでしょう。あの人もかわいそうな人よ。数奇な運命があったんですもの。しかし彼女の強さはこの目を覆う苦境の中でも負けずに生きたんです。 

〃いいじゃないの、今がよけりゃ
  いいじゃないの、しあわせならば〃

  佐良直美の歌が自分の人生と言ってました。皆が大笑いしたんです。余りにもあっけらかんに明るい桃子に悲しみと同情を忘れて、吹き出すやら、転げ回るやら、それは楽しい人です。

 燕子花さんは、好いわね、私達のコミュニティー歌にピッタリよ、というので私達の共有の讃歌になったんです。

 村に二軒しかない魚屋さんが彼女の家の家業よ。勝治さんも良く学校の帰り彼女の店に魚や乾物を買いに来ていたことを思い出すと言っていたわよ。

 彼女が言うには、いつもクラスと学校でしか目を合わせたことが無い貴方が私に家の店に来てオドオドしたような目をして私に問いかけるのはなぜ?。あのクラスにいる威風堂々とした姿が、そう思ったと言っていましたよ。
 
 そうですか、オドオドして彼女を見ていたんですね。利発で顔がまん丸で今流のチビマル子が中学生になったようで可愛かったんです。
 
 はいはいご馳走様、今の話しをお伝えしますよ、桃子のうれしそうな笑顔今すぐご覧あれ。幸せよ、今この時はあの過去の出来事をまるで生き物のように再びの出逢いを作る。理由も不可思議も無い、いい世の中の風が私達に吹いているのです。
 
 此所までこのように心を入れ変え辿り着くには長い道のりがあるんです。中学卒業後はお互いですが、同級生のみなのその後のことを知らないでしょう。最初は私の尊敬する桃子さんからお話をしていきましょう。
 
 桃子は三人兄弟姉妹でした。高校卒業後家業の魚屋をひとつ上の姉と一つ下の弟とそして両親の五人で繁盛するお店の手伝いに追われていたのよ。

 この時代のころともなれば、村人の現金収入も徐々に増え始め、お盆と正月だけで無く日常的に魚を買い食べれるようになっていました。

 仁賀保、金浦,本荘港、秋田港、入道崎に至るまで競って問屋が桃子の〃さくらかつお商店〃へ魚を卸しに自動車で押し寄せて来たんです。その賑わいは喩えようも無い、押すな押すなの行列が桃子の店はひとだかりです。村人は新鮮で安く旨い魚の味をこの桃子の店で買った魚から知ったんです。
 
 何ですか、お父さんは将来のためだなんて、そんな貯金までして。消費税や付加価値税の先取りはだめよ。お客様から余計なお金を頂いたら罰あたります。消費税の時代はまだまだ先です。

 古新聞雑誌は板金に等しいんだ。魚を包む紙が無いんだ、包装紙がこれほど大事なのか、身をもって知る。木箱なんかはもう高級魚の贈答用にしか使えない。高価で手に入らない。

 お前の中学高校のノートが沢山あるなあー、少し小さいが魚を包むのに使うから、いいか。 
 ダメー、絶対。

 とは言え鰰一箱二百五十円、木箱百円、これでは魚が高いか木箱が高いか、魚を買って貰うのか木箱を販売しているのか分からなくなった。これに悩む桃子がいた。魚は飛ぶように売れこれにつられて雑貨類も売れる。

 商売は順調で冷蔵庫も二台、三台と増やし最新鋭のショーケース冷蔵庫まで揃えた。

 これを見たお客は硝子の箱の中で魚がコチコチになって泳いでいる、都会でも数少ない小型水族館だそうだ。噂は広まり何処に落ち着くか誰にも分からない。
 
 朝八時に開店し昼の十二時には完売、こういう日が続く。魚屋には大体毎日同じ物が並んでいた。秋刀魚、烏賊、ロウソクホッケ、鰯、鱈など季節の物も多数有る。よく見かけたのが塩辛だ。辛とは塩味の事だった。

 昆布、塩、醤油、味噌、納豆と様々あり缶詰類もあった。店の品揃えの多さは店の繁盛ぶりを良く表していた。店に活気があると町にも活気が流れてくる。村人の顔も大まかな話しぶりといい、歩き方も豪快に見えてくる。
 
 桃子の店も町と呼ばれる他の店が何軒か並んでいる内の一つだったが道路を挟んでややはす向かい方向には村の支所もあったから中心だったろう。
 
 桃子の店から百メートル少し離れてもう一軒の魚屋があり、その間に二軒の本屋兼文房具店、そして二軒の旅館がありその一つが黛淑子の生家である。

 わずか四百メートルの距離を挟み道路の上方向、下方向に百五十メートルぐらい離れ郵便局と村の役場の支所があり、その頃はまだ珍しいい小さな電気店もあった。

 電気製品と言ってもラジオを見たという記憶しか無い。また自転車店もあった。ブリヂストンという大きな立て看板が店を飾っていた。

 この四百メートルそこそこの場所に農家の家並みに囲まれた約六百世帯の人々が買い物をする商店があった。   
 
 高度成長期に後押しされた景気が加熱し、最後の坂を登り終わるまで相当の時間があった。しかし人口だけが減少していくという曾て経験したことのない事態が進行していた。いいことはいつまでも続かない、悪い出来事もそうだが。

 村人の収入が増えるにつれ子どもの出生率が激減した。曾て四クラスもあったのが小中学校のスタイルだった。

 やがて時が移り変わり人々の意識も世の中の仕組みも変わっていく中で、じわじわ三クラスになり、二クラスとなり学級の松組、竹組、梅組という呼び名が消えた。あっという間に滑るように学校に行く子供がいなくなった。村の人口が急激に減少していく原因を作る。

 加えて車を持つ農家が増え近隣の矢島、さらに本荘迄行き魚も衣服も買ってくるように生活スタイルが徐々に変化してくる。

 これに対して村の町にある桃子の店ともう一軒の長介魚店は店に来る客を待たず車で店を出て朝早く売りに行商を始めた。
              
 〃さくらかつお商店〃

 と大声で村の道をエンジンで駆け廻る。だが昔の売れ行き繁盛は何処に消えた。車には氷に包まれた魚がざくざく出てくる。積んだ魚はいっこうに減らない。買う人の影が道にない。

 まさか留守なのかこんな早い朝に何処へ出かけるのか。つい最近まで魚を積んだライトバンに人だかりとなって来ていたのにどうしたことか。

 魚は木箱の中で恨めしそうに目を開く。氷はどんどん解ける。車からはその溶け出した水がドカドカ落ち始めてくる。
 
 桃子の家は家族会議で店を縮小する決断に迫られた。この魚屋は桃子の父が二十代の青年の頃珍しくバイクに載せ売った事もある輝かしい歴史を持っている。もう二十年も前のことだが。

 矢島、本荘の魚より高いのは当たりまでだ。此所まで持ってくるのに輸送コスト、車代ガソリン代、人件費は当然多くかかる。

 農協も地元の信用金庫も欲しいだけ金は貸してくれると言っている。

 農協の横の車が通る道路の前に空き地がある。笹村野宅の丁方向と松の木峠に向かう湯沢の方向に行くY字に自動車道路が交差するところがいい。

 そうすれば両方向に行きまた二方向から帰るお客にも目に付きやすい。利便性を考えても此所しかないだろう。こう家族に提案したのは父だった。

 ドライブインMAXという飲食店を建てようという計画だった。父の計画に家族も親戚も異論を述べられなかった。なんと言っても父がバイク、リヤカ、ー自転車で苦労して商売を始めた創業者だからである。

  ドライブインの建設は急ピッチに進められた。店の前面は広い駐車場とし奥に急勾配の大きな屋根を赤く塗装し、誰からも一目でドライブインとはっきり分かるようにした。

 町の中心と変わらない交通道路の要所であり好立地故敷地の価格も坪あたり笹村でも最高額だった。桃子の家族はドライブインのオープンの向かって舵は切った。

 この町に飲食店は一軒も無い。店に入り食事をする習慣がそのものがない。魚は売ってきたもののお客に食事を作って出すサービス、接待業は初めてだ。

 桃子は新しい店のドライブインを持つことに浮き浮きもしたが、店の売り上げの減少をまた車で売りに行っても買ってくれる人が少なくなった分を埋め合わせできるものだろうかと不安もあった。

 そんな期待と不安の中いよいよ店の建物は完成にまでこぎ着け開店には相当の準備期間を要したが着々と進んでいった。大きな冷蔵庫も三台用意し、メニューを考え客単価を練った。

 材料費、人件費、水道光熱費、借入金返済、利息の支払い、これらを計算すると一日一ヶ月一年の又一年の売り上げ目標が定まった。

 華々しく遂にオープンを迎えた。しかしなぜか客足が集まらなかった。予測した売り上げが半分にしかならない。オープン直後からドライブインの経営は頓挫の憂き目に遭う。
 
  一ヶ月間続けた。無理かもしれない。みな黙り込み心の中でそう言っている。結局客は来ず食事を作ることも疎らで店は閑散としていた。

 まるで閉店日が開業日と背中合わせの状況だった。重苦しい雰囲気の中口を開いた桃子の父はこう言った。

 本業の魚も売れなくなった。ドライブインもこのまま続けたら借金だけが増えるだろう。ドライブインの建設ため相当金をつぎ込んだが、売れないと建物も調理器具や備品の数々が粗大ゴミに見えてくる。メモを夜に書いておく。朝みんなが読んだら必ず焼いて捨てておけ。
 
 〃よこはまのしりあいをたよれ〃

 これを見た家族は父がいないことに翌朝に気付く。

 青春女史は大きく息をして長い話しを噛みしめるように終えた。話しは長い様だけどこれは人生の一瞬の出来事です。桃子の人生はここで終わりではないんです。

 通り過ぎた不幸を世に知らしめ逆境の人を救う、これが桃子に与えられた天命です。お話しを分かりましたか、貫之さん。
 
 そうだったんですか、夜逃げ同然で住み慣れた地を去らなければならなかったとは、何とも気の毒なことです。あの輝く笑顔にその様な哀しい出来事が起きたとは信じがたいです。
 
 さほど大きな不幸に会うこと無く生きていける人もあれば、思わぬ不幸に見舞われる方もある。人の禍福は最後の一息を吸い終えるまで分からない。
 
 その桃子さんはこの町の近くにいるんですね。再会をしたその時は何という言葉で始めればいいのか。

  はい、この町には桃子さんをはじめ仲間の友がおります。小学生、中学生とあなたのパートナーでした、と言ってましたよ。今は清少納言と言う人です。

 お二人で色々楽しい思い出を持っているようですね。貫之さんのことよく言ってましたよ。